第2話

「言っとくけど競争じゃないよ?ちゃんとオレの後について来て」

ついて来られなければゲームオーバーだと、アーデンは後方にいるノクトに言う。

「あとくれぐれも、オレの愛車にぶつけないように」
「…おじさま、ノクトって運転すごく下手なのよ。この車、傷つけられちゃうかも…」
「そうなの?」
「特に兄さんはノクトの運転恐がってるから、今頃ドキドキしてると思う」

そう言って、フィオレはちらりと後ろを振り返る。心なしか、ノクトの顔も少しだけ緊張しているように見えた。
ゆっくりと走り出す車の助手席で、フィオレは隣でハンドルを握るアーデンの横顔を盗み見る。赤味を帯びた美しい髪が風に揺れ、ある程度の年齢が刻まれたその顔は非常に端正に見える。
ぼんやりと眺めていると、突然アーデンがフィオレの方に視線を向ける。我にかえり、慌てて顔を前方に向けた。

「ね、フィオレってさ、歳はいくつ?」
「私…二十歳です」
「二十歳かぁ。いいね、若くて」
「おじさまはおいくつなの?」
「…オレはねぇ、二千歳」

アーデンがそう言うと、フィオレは声を上げて笑い凄いおじいちゃんなのねと言った。

「あの後ガーディナの海で泳いだの?」
「うん!海初めてだったから楽しかったー。あんなに塩辛い水だと思わなかったけど」
「初めての海か、そりゃあいいね」
「私、河には行ったことがあるんだけど…そこで一度溺れちゃって。それ以来兄さんに水場には行っちゃダメって言われてたの。でも今回やっと許しをもらえたんだ」
「……溺れたの?その時大丈夫だった?」

アーデンがフィオレの方を見ると、何かを思い出す様に、顔を右上へと向けている。

「大丈夫…じゃなかったんだ。助けてもらった時、心肺停止状態だったって兄さんが言ってた。30分くらい心臓マッサージしてもらって蘇生できたんだって」
「……心肺停止……それ、何年くらい前の話?」
「三年前よ。それから兄さんったら余計に心配性になっちゃって」
「………そうか…なるほどねぇ。でも、助かって良かったね」
「…うん…良かった……良かったのかな…」
「………」

小さな声でそう言うフィオレをルームミラー越しに見ると、その目元には気持ちの陰りが見て取れる。
過保護な兄と離れている今が、この娘の正体を探るチャンスだとアーデンは思った。

「フィオレ、何か悩みでもあるのかな?」
「え…?どうして…」
「うん、なんとなくね。人には言えない事で、一人で悩んで苦しんでるんじゃないのかなあって。オレで良かったら話してごらん?」
「…でも…」

秘密を話し、アーデンが自分を恐れるのではないかという不安を拭えない。フィオレはせっかくの出会いを美しい思い出のまま終わらせたいと思っていた。

「話せないよ……こればっかりは…だって話したらきっとおじさま…」
「…シガイの君を、恐れるって?」
「え…!?…待って…どうして…」

怯えているのはフィオレの方だった。外見からは決して悟ることの出来ないはずなのになぜ気づかれたのか…そう顔に書いてある。
アーデンは出来る限り柔らかい声で言った。

「ごめんね。初めてフィオレを見た時にすぐに分かったよ…星の病に感染し、さらにシガイになってるってね」
「……………」
「オレさ、星の病とシガイの研究をしてるんだよね。だから、君の力になれるかもしれない。話してみない?」
「……シガイの研究…な、治せるの…?」
「それは調べてみないと何とも言えないなあ。取りあえず、フィオレがどういう経緯でシガイにまでなったのか話してもらえる?」

そう言われたフィオレは、しばらく俯き話すべきか否かを迷っているようだった。しかし兄を含めノクトら近しい人間には決して打ち明けられない話を聞いてもらえるのは、今隣にいる男だけだとフィオレは思った。
意を決し、視線を真っ直ぐ前方に向けながらポツリポツリと語りだした。

「…私が星の病に感染したのはすごく小さい頃。気が付いたのは物心ついた時だけど…」
「どうして気づいたのかな?」
「私……他人の病気を吸い取っちゃうの。自分の意思とは関係なく…病気の人の側にいると、少しずつ取り込んでね」
「…!」
「きっとそのせいで、どんどん体の中の病気が濃くなって……それでシガイになったんだと思うわ」
「お兄さんは、君がシガイだって分かってるの?人の病を取り込む力の事も…」

アーデンがそう言うと、知らないと思うとフィオレは答える。

「私が星の病だっていうのは知ってる…だからいつも私を心配して、なるべく表に出さないようにって。でもシガイになってしまったことや、力の事は知らないの」
「人を癒せる、特殊能力だね…ルナフレーナ様みたいにね」
「…取り込みたくなくても勝手に身体に入ってくるの…嫌で嫌で仕方なかった。いつかシガイになってしまうなら、溺れた時にそのまま死んでしまった方が楽だったかもしれない…でも、今回の旅の中で、今までずっと守ってくれていた兄さんやノクト達を、今度は私が守れるかもしれないって思ったんだ」
「守る?」

ルームミラーに映るフィオレを見ると、ほんの僅かに微笑んでいたように見える。

「ノクトとルナフレーナ様の結婚式を見に行ってもいいって言われて、みんなと旅をするのがすごく楽しみだったの。でも…王都があんなことになって、みんなが危険な所に入って武器を探さないといけないって…シガイもたくさんいるんだよ?もし兄さんたちがシガイから病気をもらったら私悲しいから…私が側にいれば、みんなの身体に入った病気を吸い取れるでしょ?そうやって少しでも力になりたいなあって」
「……君は優しくて本当にいい子だね」
「これくらいしか役に立たないもの…」
「フィオレは選ばれた子なんだよ。その力も、シガイになっても外見に変化が起きないこと全て、奇跡のようなものだ」
「…ねえおじさま…こんな話を聞かされても、私の事を気味が悪いと思わないの?こんな風に、車の隣に乗せていても平気?」

フィオレが不安げな顔で言う。アーデンは平気だよと小さな声で言って、フィオレの太ももに置かれていた手をそっと握った。

「ほら、君の手を握ることだってできる。なんなら…キスだって喜んでするよ?」 
「…え!?」

思わずアーデンの横顔を見る。フィオレの方に少しだけ首を向けたその顔は、先ほどの言葉が冗談なのか本気なのか分からない笑顔を浮かべていた。
フィオレは両の頬が熱くなるのを感じた。



そんな二人の様子を、数十メートル離れた車の中からハラハラと眺めていたのはイグニスだった。そこでプロンプトが余計な一言を言う。

「ねえ、なんかあの二人見つめ合ってない?」
「ああ、オレもそう思う」
「ノクトも?どう見てもそうだよねー。手でも握られてたりして」
「太ももでも触られてたりして…」

調子に乗ったノクトの言葉にとうとうイグニスは立ち上がり、運転手の肩を掴み強く揺さぶる。

「おいノクト…!もっと速く走れ!こんなに離れていては様子が分からない!後ろにぴったり張り付け!!なんならぶつけろ!!」
「っちょ…イグニス落ち着け!!揺するなあぶねえ…!ぶつけたらフィオレも危険だろうが…!!」
「だったら横に着けろ!!行け!ほら行け!!」
「横って…逆走じゃねえか!!ってかマジで事故る!」

ぎゃあぎゃあと騒がしい後続車を振り返り、フィオレがため息をついた。

「もー…みんな子供みたいに騒いで…何やってるのかな兄さんったら」
「ふふ、楽しそうで何よりだねえ」




それからしばらく車を走らせた後、アーデンの車はコルニクス鉱油カーテス支店で停車した。日の落ちた状態でのドライブは危険だからと言う判断だった。
車を降りたイグニスは、すぐに妹の元へと駆け寄り身の安全を確認した。

「フィオレ…!無事か?何もなかっただろうな?」
「何も…当たり前でしょ!?何も、ないってば」

一瞬だけ、アーデンに手を握られたことを言おうかと迷ったが、もう幼い子供ではないのだし逐一兄に報告する必要もないとフィオレは思った。
それに恐らく、そんなことを聞いた兄は激昂しアーデンに詰め寄るかもしれない。そうなったら明日に続くドライブでは彼の車の助手席に乗る許可が下りないだろうと考えた。
フィオレの中に、小さな恋心が芽生え始めていた。

外でのキャンプが嫌いだと言うアーデンの提案で、一行はモービルキャビンで一夜を過ごすこととなった。
アーデンへの不信感が強く残るイグニスは、みんなの輪の中に入ろうとはしない。そんな兄を見て軽く肩をすくめ、フィオレはコーヒーを一口飲み込む。

「なあフィオレ…お前ら兄妹って何で揃いも揃ってエボニーコーヒー好きなの?」
「むしろ二十歳になったのにコーヒーも飲めないノクトの方が変だよ」

そう言われノクトは苦いのは嫌いなんだよと小さな声で言った。するとアーデンが近づき、フィオレの手の中にある缶コーヒーを指さす。

「それ、こっちで有名なコーヒーなの?」
「うん、私も兄さんも好きなの。おじさまも飲んでみる?」

買ってこようと席を立ちかけた時、アーデンがフィオレの缶コーヒーを取り上げ口を付けて飲んだ。一瞬全員が目を丸くする。

「ああ、うん。結構パンチが効いてて美味いねえ」

ありがと、と言ってフィオレにそれを戻す。顔を染め、受け取った缶コーヒーの口元を見つめてしまった。
プロンプトが小さな声で、間接キスだと言った。

「間接キス…!君、なかなか可愛いこと言うね」

そう言いながらアーデンがプロンプトの顎を右手の指先で軽く弾く。むず痒い言葉に頭を掻き、ふとイグニスの方を見たグラディオがぎょっと目を見開いた。
これまでの付き合いの中で見たこともないほど凶悪な顔でアーデンを睨みつけている。

「お…おいイグニス…大丈夫かお前…!」
「話しかけないでくれ…!!これでも堪えてるんだ…!」

イグニスの持つエボニーコーヒーが酷くひしゃげでいた。軍師の病的なまでのシスターコンプレックスに、グラディオは盛大なため息をついた。




翌朝、カーテスの大皿までのドライブが再開された。再びアーデンの車の助手席に乗り込んでしまった妹を後ろから眺める軍師の背中は酷く寂しげに見える。
買い物に行くにも映画に行くのも、常にイグニスを誘い行動を共にしてきた可愛い妹が、今では自分を煙たがるような素振りさえ見せる。
ほんの数日前まではこうではなかった。あのアーデンという得体の知れない男と出会うまでは。
あの時もう少し違う行動をとっていれば現状は変わっていただろうかと後悔をした。

「まだ凹んでんのかイグニスは」
「話しかけても無駄だよノクト。顔あげないもん…ほんと、フィオレの事になると人格変わるよねー」

そう言うプロンプトに、気持ちは分かるけどなとグラディオがイグニスの背中を軽く叩く。

「自分の妹ってのは他の同世代の女よりもずっと子供っぽく見えちまうんだ。だから心配が尽きねえんだよ、こと男関係はな」
「……オレの育て方が悪かったんだろうか……清く正しく育てたつもりだったのに…」
「清く正しく育ってるじゃねえか。つうか、清すぎたんだよ。お前がフィオレを完全に男から遠ざけちまうから、男について無知すぎる。そう言う女はな、あのアーデンとかいう年上で得体の知れないちょっと悪そうな男に引っかかるんだ」

グラディオに言われ、イグニスはああと小さく呻き声を上げた。そんな様子を見てプロンプトが笑いながら言う。

「フィオレの育て方が悪かったって言うより、イグニスの育ち方に問題があるんじゃないのー?」
「オレも同感。ここまで妹が好きとか、どんな風に育ったらこうなるんだろうな」
「…あぁ!ノクト見て、アーデンって人…フィオレの頭撫でてる」
「嬉しそうだなフィオレ…完全に恋してるって顔じゃん」

ノクトの言葉を聞いたイグニスが勢いよく顔を上げ前方を走る車を見ようと身体を傾けたが、グラディオがそれを阻止する。
頭を抱え込み、座席に引き倒した。

「止めとけって、見るな見るな!お前らもいちいち実況しなくていいんだよめんどくせえから!!」

もがく軍師に馬鹿笑いする王子。
この先待ち受ける過酷な試練の前の、ほんの束の間のひと時だった。




目的地らしき場所に到着すると、そこは頑丈に封鎖されていた。不審に感じたノクト達だったが、アーデンの一声でその扉が開いていく。
そこから先は、巨神のいる場へと道が続いているようだった。

「君たちを無事送り届けたからね、それじゃごきげんよう…あぁ、フィオレはオレが預かっておくから君たち安心して行っておいでよ」

その言葉に、イグニスは車を降りてアーデンの元へと向かう。

「それには及ばない。ここから先は、オレが妹を守る。行くぞフィオレ、降りろ」
「…守る…か…」

アーデンはゆっくりと車から降り、イグニスの目の前に立った。口元に笑みを浮かべ、数メートル後ろに停車する車のノクトを指さす。

「今、君が一番に守らないといけないのは彼じゃないの?」
「…っ…」
「それから、ここから先にいるのは神話に出てくる巨神だよ。君らは夢物語の様に捉えてるかもしれないけど、それはおとぎ話でも比喩でもなく、確実にそこにいるんだ。自分の命ひとつ守る事さえできるか分からない状況で、彼と妹と…守りきれるかな?」

ねえお兄さん、とアーデンは言う。

「本当にこの子を守りたいと思うのなら、危険な場所には連れて行かない方がいいと思うよ。大丈夫、心配しなくても取って食ったりしないって」
「……兄さん…ごめんね、私…足手まといで…」

悲しそうな顔で言うフィオレに、イグニスの胸が痛んだ。そんな事はないと小さな声で答えながらも、目的の変わってしまった旅において非力な妹の存在は多少なりともイグニスの足枷となっていた。
ここから先の道のりとアーデンの側と、どちらの方がフィオレにとって危険が少ないのかを考えた。

「…やむを得ないな…確かに巨神に会いに行くのにフィオレを同行させるのは危険が大きすぎる…」
「でしょ?なに、行って戻ってくるまでの間だよ」
「…フィオレ、これを」

イグニスはおもむろにマジックボトルを取り出し、それを妹に手渡した。

「サンダーだ。ストップの効果も付けてある。この男がおかしな真似をしたら躊躇なく使え。固まってる間に逃げろ、いいな?」
「……オレ信用ないんだなあ」

頭を掻きながらそう言うアーデンに、信用しろと言う方が無理だと言い返す。
再び車に乗り込み走り去っていく兄の姿を、フィオレは少しだけ追いかけいつまでも手を振り見送った。車が完全に見えなくなると、ゆっくりと手を下ろしたフィオレは寂しそうにため息をついた。
アーデンが近づき、その小さな肩に手を置く。

「フィオレ、お兄さんが心配?」
「…うん。だって、巨神タイタンってすごく力持ちなんでしょう?優しい神様ならいいけど…」
「大丈夫だって。彼は王都警備隊だろ?強さも知恵もそれに見合った実力があるはずだよ」
「………おじさま…どうして兄さんが王都警備隊って知ってるの…?」
「…あー…失言…」

握った拳を口元に当てて、まあいいかと小さな声で呟いた。いずれ近いうちに教えるつもりだったのだし、とアーデンは改めてこちらを見上げるフィオレと向き合う。
その瞳は僅かな不安の色が滲んで見えた。

「オレの事…まだちゃんと君に話してなかったね」
「…おじさま…?」
「オレは、ニフルハイム帝国宰相、アーデン・イズニア。改めてよろしく、フィオレ」
「……!」

目と口を大きく開いてアーデンを見つめ、一歩後ろに下がって小さな声で兄さんと呟いた。

「待って待って、怖がらなくていいから。フィオレを傷つけようなんて全然思ってないよ、取りあえずオレの話を聞いて」
「…イ、イグニス兄さーん…」

もう一歩下がって、今にも泣きだしそうな顔で兄を呼ぶ。恐怖と不安が混じったその顔がどうにも愛らしく、罠にかかった小鳥のようだとアーデンは思った。

「あぁー…ねぇフィオレ、頼むよ。これまでと同じようにオレと接して欲しいなぁ」
「…だ、だって…おじさまが…て、帝国の宰相って…調印式の時裏切って…」
「調印式の時に起きた襲撃が、帝国側のものかルシス側のものかの調査はまだ終わってないんだ。停戦を快く思ってない連中がどちらにいてもおかしくないからね」
「…でも…」
「その証拠に、帝国は王都での救助や支援活動を今でも続けてる。インソムニアを封鎖してるのは中がまだ危険な状態だからだよ」
「それは…ラジオで聞いたことがあるわ…」

フィオレがそう言うと、でしょ?とアーデンが笑って見せる。

「あのラジオ放送はルナフレーナ様の兄であるレイヴス将軍のものだから信用していいよ。好きでしょ?ルナフレーナ様」
「うん……」

僅かに警戒を解いた様子のフィオレに、先ほど給油所で買っておいたエボニーコーヒーの缶を差し出す。手に取りかけて、それでもまだ逡巡している様子のフィオレにアーデンは軽くため息をついた。
毒なんて入ってないってば、と言いながらそれを開け、先に一口飲んで見せてから再びフィオレに向けて差し出した。
ゆっくりとそれを受け取り、口を付けてごくりと飲み込む。害が無いことを確認できると、続けて喉に流し込んだ。

「喉乾いてた?」
「うん、暑かったから…ねぇおじさま、それじゃあシガイの研究してるって言ってたのは?」
「それは本当だよ。帝国ではシガイを生物兵器として使ってるからね。その研究機関を取り仕切ってるのがオレってわけ」
「…そう、なんだ…」
「ねえフィオレ」

恐がらせないようにゆっくりと近づき、フィオレの頭に手を置いた。

「帝国とルシス王国は敵対してるかもしれないけど、オレ個人は君の味方なんだよ。初めてガーディナでフィオレを見た時、なんとかしてあげなきゃって思ったんだ」
「…私の味方?」
「全ての人間を、政治を介して見てたらほとんどが敵になっちゃうだろ?帝国とルシスの関係はあくまでも国同士の問題だ。オレとフィオレの間にそんなのはいらないよ」
「信じていいの…?」

青みがかった美しい瞳でアーデンを真っ直ぐに見つめた。神に誓って、とらしくない言葉を返す。ようやく柔らかい表情を見せてくれたフィオレの手を取り車を停めてある場所まで戻った。

「それでねフィオレ、オレから提案なんだけど…帝国の研究施設で検査受けてみない?」
「…て、帝国に、私が行くの?」
「こっちではシガイの研究が進んでる。フィオレの症状は、これまで見たことのないものでね…君の身体を調べて、治療の手立てがあるのか考えてみたいんだけど…どうかな」
「…私が一人で…?兄さんは…」
「んー、お兄さんは王子直属の護衛だからねえ。さすがに連れて行くことは出来ないけど…でも君の事ならオレがなんとか誤魔化せる」
「…どうやって誤魔化すの?周りの人にバレちゃったら…」
「そうだね…オレの恋人です…って言えば大丈夫かな」

そう言われ、フィオレの頬がふわりと赤くなる。とても分かりやすく単純で可愛らしい反応だと思った。
あの兄がどのようにして妹をこれまで育ててきたかが容易に想像できる。箱の中で大事に大事に育み、フィオレにとって害であると判断したものは徹底的に排除してきたのだろう。
それでいて生真面目な兄は、他者に対する思いやりや慈しみを忘れぬようにと道徳的な一面をしっかりと叩き込んだに違いない。
正体の知れない者に対する警戒が薄く、誰でにでも花のような笑顔を見せる人懐っこさも、そして異性と接してこなかったと思われる不慣れさからくる単純な面も、現時点で全てアーデンにとっては非常に都合のいいように働いている。

あと一押しで、この娘の気持ちの半分を自分のものに出来るとアーデンは確信していた。

両手でフィオレの頬を包み込み、右手の親指で優しく撫でながら言う。

「どうかな?フィオレがイエスと言ってくれるなら、オレがお兄さんを説得するから」
「兄さん…すごく心配性なの。私一人で行かせてくれるかな」
「彼が本当に君を大切に思ってるなら、きっと許可してくれると思うよ?」
「そうね。もしも治すことができるなら、私もちゃんと治療したい」

そう言って顔を上げたフィオレの瞳には、僅かな希望の色が見えた。



それから十数分が過ぎた頃―。

突然大地がぐらりと大きく揺れた。巨大な地震のようなそれに短く悲鳴を上げたフィオレの身体が傾く。アーデンが腕を伸ばし支え、自分に掴まっていろと言った。

「巨神が王様と話を始めたみたいだねえ。もっと揺れるよ、気を付けて!」
「ノクトは神様と話ができるの!?」

大きな地響きに、二人の交わす言葉の音量が自然と大きくなる。揺れはさらに強くなり、フィオレは思わずアーデンの腰にしがみついた。

「巨神タイタンは力持ち…拳で語り合うって感じになるんじゃないかなあ」
「こ、拳でって…ノクト…!」

フィオレは心配そうにカーテスの大皿の中心に視線を向けた。長身のアーデンの視界に、巨神の身体の一部が確認できた。

「ああホラ、あそこに巨神の身体が少しだけ見えるね」
「え!?どこどこどこ?おじさま、どの辺りに見えたの!?」
「フィオレの身長じゃ見えづらいかな?」

アーデンは腰を屈め、フィオレの太ももを抱え込むようにして抱き上げた。一瞬わっと慌て、しかし直後目に飛び込んできた光景に言葉を失う。
絵本の中で見ただけの巨大な神がフィオレの目の前で動いているのだ。その躍動は大地を揺らし、咆哮は地を響かせるほどに激しい。

「お…おじさま…!膝!!膝よ!膝…?違う肘!巨神の肘が見えるの!!それに、何か喋ってる!ねえ、みんなあんな神様と喧嘩してるの!?」
「おっと…フィオレ!ただでさえ揺れてるんだからあんまり暴れないでって」
「…あ…ねぇあれ、帝国軍の揚陸艇だわ!」

先ほどから興奮しっぱなしのフィオレに、ちょっと落ち着きなさいと言って地面にそっと下ろす。

「揚陸艇は…まぁ援護射撃でもしてるのかなあ」
「巨神を殺しちゃうの?」
「さて…あれくらいで倒れるような神様じゃないとは思うけど。そろそろオレ達も行こうか」
「行くってどこへ?」

フィオレが訪ねると、迎えに行くんだよとアーデンが言った。すぐに空から真っ黒な揚陸艇が降りてきて、二人を出迎える様にその大きな口を開く。

「王様は巨神から力をもらえたかな?お兄さんたちの脱出の手助けをしないとね。さぁフィオレ、乗って」

アーデンに腕を引っ張られ、少しだけ不気味に見えるそれに乗り込んだ。内部には、これまでも何度か見てきた魔導兵が身じろぎもせずに立っている。
遠目から見た時には分からなかったが、それらをよくよく見るとデザインが少しずつ異なっている。顔が人間を模して造りこまれていて、少しだけ鳥肌が立った。

「まさかルシス人の私が帝国軍の揚陸艇に乗ることになるとは思わなかった…」
「まぁね、生きてると色んなことが起こるんだよ」
「……兄さんたち無事かなあ」
「大丈夫だろ。君が思ってるよりよっぽどタフだと思うよ」

そうでなくては困るからね、と極小さな声で呟いた。
外ではいまだに強い地響きが続いている。兄が、みんながどうか無事でありますようにとフィオレは心の中で祈り続けた。










[ 2/6 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -