第1話

全身に風を浴び、どこまでも真っ直ぐに続く道路を眺めてフィオレは胸をときめかせていた。
生まれて初めて見た王都インソムニアの外の世界は、籠の中で大切に育てられた小鳥のようなフィオレにとって遊園地よりも刺激的に思えた。
ノクト、グラディオ、プロンプト、そして兄のイグニスと共にする旅は、変わり映えのしない日常を冒険へと変えてくれたのだった。

「フィオレ、寒くはないか?」
「平気よ兄さん!あ、ねえ…可愛い野獣がいるわ!猫みたい!」
「あれはクアールだ。可愛く見えるかもしれないが、獰猛で危険だぞ」

イグニスにそう言われ、撫でてみたいのにとフィオレは言う。

「ねえノクト、これから海に行くんだよね?」
「ああ、ガーディナって所だな。そこから船に乗るんだ」
「そこからオルティシエに行くのね?」
「そういうこと」

それからしばらく車を走らせていると、嗅いだことのない不思議な匂いがフィオレの鼻腔を掠めた。

「…兄さん、この匂いなんだろう?生臭い塩…みたいな」
「海が近い証拠だ」
「これが海の匂いなのね…!」

そう言って胸いっぱいに潮の香りを吸い込む。視界が開けると、左手にどこまでも広がる海が見えてきた。
フィオレは思わず立ち上がり、隣に座っていたグラディオの肩をぱんぱんと叩いた。

「グラディオ!!海だわ!見て見て!」
「いてて…見てるよ!大興奮だなフィオレ」

そう言って笑った。雑誌やテレビでしか見たことのない青く美しい海は、太陽の光を反射し無数のきらめきをフィオレに届けた。
ため息交じりに綺麗と呟く。

「フィオレ、水着でも持ってくればよかったのにね」
「うふふ…ねえプロンプト、じゃーん!!」

嬉しそうに笑いながら、突然フィオレはフリルのカットソーをめくり上げた。その下にはブルーのストライプのビキニを着こんでいたが、わっと驚いた声を上げたプロンプトにつられて運転中のイグニスまで後ろを振り返った。

「っば…!フィオレ!!はしたないマネするんじゃない!早くしまいなさい…!」
「おいイグニス!!前見ろ前!!危ねえ!」

ふらふらと蛇行しあやうく事故を起こしそうになりながらも、一行を乗せたレガリアはどうにか無事にガーディナまで辿り着くことができたのだった。




さっそく泳ぐと言うフィオレのためにモービルキャビンをレンタルし、そこで着替えを済ませている間にイグニスらは船の出航時間を調べるために渡船場へと向かった。
と、その時―。

「残念なお知らせです」

目の前に一人の背の高い男が現れた。長袖のロングコートに首元には赤いスカーフ、とても海にふさわしくない暑苦しい恰好をしている。
その赤い髪の男は、船に乗りに来たのだろうと言った。

「そうだけど…」
「うん、出てないってさ」

そう言いながら、困ったように頭を掻いている。不審に感じたグラディオが男の素性を問う。

「なんだあんた?」
「待つの嫌なんだよねぇ。帰ろうかって思って……停戦の影響かなあ」

問いには答えずゆっくりと歩き背を向けていた男は、振り向きざまノクトに向けて何かを投げて寄こした。それをキャッチしたグラディオが掌を開くと、それは一枚の小さなコインだった。

「停戦記念にコインでも出たのか?」
「それ、お小遣い」
「……おい、あんた何なんだ?」

グラディオが男に歩み寄ると、見ての通りの一般人、とおどける様に両手を広げて言った。
ーと、そこへ…

「兄さん!着替え終わったよー、泳いでもいい?」

得体のしれない男の背後から、その場の空気をがらりと変えるような明るい声でフィオレが現れた。痩せすぎない健康的な身体にややこじんまりとしたビキニを身に着け、左手には大きな浮き輪を抱えている。
後ろを振り返った男の視界にフィオレが映ると、一瞬目を見開き足先から頭までゆっくりと凝視した。

「…?…こんにちわ」
「……あぁ、こんにちわ」

笑顔のフィオレに挨拶を返し一歩近づいた。

「ねぇ、君さ…」
「フィオレ!こっちへ来い!」

イグニスが手を伸ばし妹を背後へ隠す。少しだけ怖い顔をした兄を不思議そうな顔で眺め、

「兄さん、このおじさま誰?知り合い?」

と尋ねる。イグニスが違うと言おうとした時、男は半分ほど兄の陰に隠されたフィオレに声をかけた。

「フィオレ…っていうの?いい名前だね」
「ありがとう!ねえ、おじさまの髪の色きれいね。私が好きなチェリーの色にそっくり!」
「チェリー…?ははっ、そっか」

正体のわからない男と人懐こく話すフィオレを、喋るなとイグニスが叱りつける。唇を少しだけ尖らせて兄を睨むフィオレに、男は握った手を差し出した。

「可愛いから、君にもこれをあげよう」
「なあに?」

フィオレの掌に落とされたのは、先ほどグラディオが男から受け取ったものと同じコインだった。それをまじまじと見つめ、フィオレはルナフレーナ様だと言った。

「ルナフレーナ様が神凪に就任された記念にコインが出たのね!?」
「そ、偉いねー。すぐに分かったんだ?一応普通の金と同じように使えるからね」

男がそう言うと、フィオレは使わないわと言った。

「チェリー色の髪したおじさまに出会った記念コインにするわ」
「オレに会った記念…のコイン?」
「そう、だから使わないの」

そう言って目を細めて笑顔を見せた。男も口元に笑みを浮かべてなるほどね、と言うと、フィオレを背中に隠すイグニスに視線を向けた。

「君、この子のお兄さん?」
「だとしたら何か?」
「いや、良い育て方をしたんだねぇ。素直で無邪気な…可愛い妹さんだ」
「……………」
「にしても…似てないよねぇ」
「…!」

何が言いたい、と口を開きかけたところで男は軽く右手を上げてその場を去って行った。結局何がしたかったのか分からないその男に、ノクトがねーわと呟く。

「あのおじさまのお名前聞いておけばよかったなー」
「フィオレ…!あんな得体の知れない男と気安く話すな!」
「でもコイン貰っちゃったのよ?それに、兄さんいつも私に人を見かけで判断するなって言うじゃない」
「…そ…それはそうだが…奴は見かけ以上にその行動が不審だ。だいたいお前、いつの間にそんな水着を買ったんだ?肌を露出しすぎだ」
「可愛いでしょう?」
「…か…可愛いが…」

それとこれとは話が別だ、とイグニスが妹に言う。

「これね、イリスと一緒に買いに行ったのよ。どんなものが流行りか分からなかったから、あの子に選んでもらったの」
「…おい待てフィオレ…イリスがそれを?」
「そうよグラディオ。イリスって私より五つも年下なのにいろいろ知ってて凄いの。あの子も新しい水着買ってたよ」
「それは……どんな?」
「もうね、こーんなちっちゃいの。でね、腰のところが紐になってて可愛かったよ」

フィオレがそう言いながら自分の腰のあたりを指さした。グラディオの眉間に深い皺が入る。

「紐だぁ!?引っ張ったらどうなる!?」
「えー……脱げるのかな?引っ張らなければいいと思うんだけど…」
「…よぉく分かった…次会ったら説教だな…」

一段と低い声でそう言った。過保護すぎだと笑うプロンプトをぎろりと睨みつける。

「あのな、あいつはまだ15歳だぞ。そんなお前…男の視線集めるような物着るにゃ早すぎだ!」
「女の子だってオシャレしたいんじゃないのー?好きなの着させてあげたらいいじゃん」
「無責任なこと言いやがって…!年頃の妹を持つ兄としてはな…」

結局この日は船を使用することが出来ず、フィオレが初めての海を少しだけ楽しんだ。
この時はまだ、自分たちの故郷に起こる悲劇を誰一人として予想することは出来なかった。







ガーディナから愛車を走らせ、ルシス王国の王子に最初の挨拶を済ませた赤い髪の男は思わぬ出会いに笑みを浮かべていた。


ニフルハイム帝国宰相、名を、アーデン・イズニア。


ノクティス王子の護衛の一人である、メガネをかけた男。その妹だという女を見た時、アーデンは我が目を疑った。

あのフィオレという娘は、星の病に感染している。

病魔は彼女の全身を蝕み、すでにその肉体はシガイと化していることも一目で分かった。さらに驚いたことは、フィオレがアーデンと同じように、シガイ化したとしてもその身体に外見的変異が起きない事だった。
また日光に弱いはずのシガイでありながら、太陽の下でも問題なく生活ができるという点においても同様だ。

この症例は自身の他に一度も目にしたことはなく、極めて稀なものだ。自我を保っているだけでも相当珍しい。下手をすると、本人を含めフィオレの感染を兄や他の連中が知らないと言う可能性もある。
通常空気感染によって寄生虫に侵された肉体は、時間をかけて徐々にその身体が蝕まれていく。シガイに囲まれて生活でもしていない限り、その患者の多くは基本的に年配者が多い。
フィオレのあの歳で、ああも完全なシガイ化というのも珍しいとアーデンは思う。

「…まさかとは思うけど、他人の寄生虫を吸収してる…ってわけじゃあないだろうな」

もしそうなのだとしたら、フィオレは完全にアーデンと同じ身体的特徴があるということになる。しかしここで一つの疑問が沸く。
アーデンはシガイとなってからその身体の時間は止まり、肉体的な老いを一切捨てる事となったのだ。
フィオレがシガイ化した時期は分からないが、成長の止まった妹にあの兄が何も思わないと言うことがあるだろうか。年齢を問いたい所だったが過保護気味な兄に拒まれたことが少しだけ残念なところだ。

「ひょっとして…知ってるのかなあ、あのお兄さん」

兄妹ということだったが、どう見てもあの二人は似ていない。どちらかというと、フィオレはノクティス王子の持つルシス王家の系統が近いようにも思える。
肩まで伸びた黒い真っ直ぐな髪と、警戒心のない人懐っこい笑顔、ついでに水着の良く似合う弾けそうな若々しい身体もとても魅力的だった。

終わることのないシガイとしての長い時を共に過ごすパートナーとして、フィオレを側に置きたいと言う思いが芽生えた。

「知りたいことは山ほど……まぁでも、またすぐに会えるよね」

そう呟いて、彼女がチェリー色だと言った自分の髪を軽くかき上げた。





王都が陥落しレギス国王の崩御が世界中に知れ渡った後、ノクトらの旅の目的はオルティシエでの結婚式から一転、王の墓所を巡りファントムソードを手に入れると言うものに変わった。
崩壊したインソムニアをこの目で確かめることも出来ず、加えて神凪ルナフレーナの安否もわからぬまま。
それでも歩みを止める事の許されない一行は、イリスと合流するためにレスタルムへと車を走らせた。

「イリス!!無事なのね!?よかった…!」
「フィオレ、みんなも元気そうね…」

王都襲撃の難を逃れたイリスとの再会を果たしインソムニアの状況を聞き出した。国に対して何も出来ず、また父親である国王に最後まで守られていたことを知ったノクトは自身の無力さにただ苛立つばかりだった。

「…ねぇノクト、まだ頭痛いんでしょ?取りあえず今日はこのホテルで休ませてもらおうよ」
「…ああ…そうする…」

レスタルムに近づいてから、ノクトは原因不明の頭痛にも悩まされている。元気のないノクトを何とか励ましたかったが、今のフィオレにはそれが出来そうにないのがもどかしかった。



翌日、ジャレッドからこの近辺に王の墓所があるという情報を得たノクトらはグレイシャー洞窟へと向かうことになった。
身支度を整えるフィオレにイグニスが言う。

「フィオレ、お前は今日留守番だ」
「えー!?どうして?」
「キカトリーク塹壕跡の奥にあった王の墓所では多くのシガイがうろついていただろう?今回も同じような状況のはずだ。逆に言えば、あれくらいのシガイを倒せなければファントムソードは手に入らないと言う事だ」
「前は連れて行ってくれたじゃない!」
「お前を一人で車に残していくことができなかったからだ。危険だと分かっていたらハンマーヘッドに置いていったさ」
「私だって…少しは戦えるわ…」
「フィオレ」

拗ねる妹の両肩に手を添えて、諭すようにイグニスが言った。

「当初の旅の目的は、ノクトとルナフレーナ様の結婚式を行うオルティシエに行くためのものだったはずだ。だがニフルハイムの襲撃で王都が陥落した今、これから先の旅は危険が伴う。常にお前と行動を共にできない事もあるんだ」
「………でも……」
「みんなを困らせるようなことを言ってはダメだ」
「…はい…」

俯いたまま返事をした。駆け寄ってきたイリスがフィオレの手を取り、街を見て回ろうと言った。

「レスタルム、まだ散歩してないでしょ?いろんなお店あるし、美味しい食べ物もたっくさんあるんだよ」
「…うん、ありがとうイリス」

全員を見送った後、フィオレとイリスは賑やかな街を見て回った。美味しい串焼きを食べ、アクセサリーショップや雑貨屋を見て回りカフェでお茶を楽しんだ。

「あー、お腹いっぱーい」
「フィオレずーっと食べてたよね」
「この街の食べ物美味しいんだもん!」
「ね、少しピリ辛で美味しい…ん?あ、電話…」

スマートフォンで何かを話した後、イリスはホテルに戻ると言った。

「ごめんね、ジャレッドが呼んでるの」
「いいって、今日は付き合ってくれてありがとうね。私はもう少しウロウロしてくから」

そう言って、ホテルへと戻って行くイリスに手を振った。カフェを出て一人になり、ふうとため息をつく。

「…あとはどこか見てないところあるかなあ…」

街のパンフレットを広げ眺めていると、『展望公園』の文字が目に入った。

「公園…?公園なんてあるのねここ。よし…」

この街へ来た時に車を停めたパーキングの近くだった。のんびりと歩いて行くと、メテオが一望できる視界の開けた場所にたどり着いた。
そこには双眼鏡が設えられており、壮大な景色を観察できるようになっている。僅かに腰を屈め、それを覗き込む。

「わあ!すっごい…!あれがカーテスの大皿ね…巨神が…ん?あれ?」

それまで見えていた美しい景色が突然真っ暗になってしまった。おかしいと思い双眼鏡から顔を離すと、レンズの先が何者かの手によって覆われていた。
その腕の持ち主に目を向けると―。

「やあ、また会ったね」
「あ…あの時のおじさま!」

そこにいたのは、チェリー色の髪をしたアーデンだった。

「あれ、一人?お兄さんは?」
「…うん、置いてかれちゃったから私一人で留守番なの」
「…ふうん、そっか。じゃあみんなが戻るまで、オレと時間を潰して待ってようか」
「本当!?」

嬉しそうにフィオレが笑う。右側の頬にだけ出来るえくぼが可愛らしいとアーデンは思った。

「お兄さんやみんなはどこへ?」
「この近くにある洞窟に行ったの。何かを探しに行くみたい。危険な所だから私は連れて行けないって」
「うーん、まぁお兄さんにしてみれば、可愛い妹を危険な目に合わせたくはないだろうからね」
「……あのね…本当は……」
「ん?」

遠くに広がる景色を眺めながらフィオレが口ごもる。話すか話すまいか迷っているように感じたアーデンは、話してごらんと促した。

「……私、イグニス兄さんの本当の妹じゃないんだ。まだ赤ちゃんだった頃に貰われたの。だから、血がつながってないのよ」
「…んー、そっか…」
「あれ、あんまり驚かないのね?」

そう言うと、全然似てないと思ってたとアーデンが答えた。壁にもたれかかり、やっぱりそうよねとフィオレが言う。

「育ててくれた父さんも母さんも、髪の色は黒くないの。私だけ変だなーって思ってたんだけどね…」
「どうして分かったの?家族に言われた?」
「ううん、家の引き出しにあった封筒に…戸籍謄本が置いてあって、それを見ちゃったの。そうしたら私の名前の所に『養子』って…」
「なるほどねぇ。ショックだった?」
「うーん…そんなにショックじゃなかったけど…本当の家族同様に育ててくれて感謝してるくらい。それよりも、自分がどこの誰だか分からない事の方がちょっと嫌かなあ」

口元に笑みを浮かべてはいるが、目元が僅かに寂しげに見えた。アーデンは真っ直ぐにフィオレの瞳を見つめて言った。

「君は、あのイグニス君の妹だろう?そうやってずーっと生きて来たんだから。そしてこれから先も、それが変わることはないと思うよ。自分が誰かなんて、自分で決めればいいんだよ」
「…おじさま…」
「だからさ、ホラ笑って。フィオレには笑顔が似合うよ」
「…うん、ありがとう…あ、あのね、この事兄さんには内緒!私が貰われてきた子だって知らないと思ってるの。一生懸命隠してるから、そのままにしておきたいの…」
「…ああ、分かったよ」

アーデンがそう言うと、フィオレはもう一度寂しそうに笑った。最初にガーディナで出会った時に抱いた天真爛漫なイメージは、兄であるイグニスを安心させるために明るさを装っているのかもしれないとアーデンは思う。

「なんかごめんなさい。暗い話になっちゃった」
「いや、君のことが少しだけ知れて良かったよ。出来ればもっと知りたいけど…好きな男性のタイプとか」
「…え…」

フィオレの頬がぱっと赤くなった。兄以外の男では、ノクトやグラディオ、プロンプトくらいしか話す機会をほとんど持たずに育ったフィオレにとって、今目の前にいる年上のアーデンが新鮮でその落ち着いた話しぶりや包容力に胸の高鳴りを覚えていた。出会ったばかりのフィオレの言葉を信じて肯定し、父とも兄とも異なる優しさと魅力を感じているのが自分でも分かるくらいだった。

「…わ…私の…好きなタイプ…」
「…おっと、来たみたいだねぇ」

アーデンの視線の先を追うと、そこにはグレイシャー洞窟から無事に戻ってきたイグニス達の姿があった。

「あれ、偶然」

その姿を見たグラディオが、またお前かと悪態をつく。よほどアーデンの印象が悪いようだった。そしてその男のすぐ隣に立っているフィオレを見て、今度はイグニスが詰め寄った。

「オレの妹に何か用か?二人で何をしていた!何が目的でフィオレに近づいた!」
「あーいやいやお兄さん…質問は一つずつでお願いしたいなあ」
「…お兄さんと呼ぶな…!」

イグニスが心底嫌そうな顔をする。見かねたフィオレが間に割って入った。

「兄さんったら…おじさまは兄さんたちが戻ってくるまで私の話し相手になってくれていたのよ。そんな失礼な言い方よして」
「そ、それでもお前…」
「ごめんなさいねおじさま、兄が失礼なことを言って」

そう謝罪をするフィオレに、別にかまわないとアーデンは軽く頭を振って見せた。

「ところで……ねぇ、昔話興味ある?巨神がさ、隕石の下で王様を呼んでる…神様の言葉は人には分からないからさ、頭が痛くなる人もいるかもね」

ノクトを時折襲う頭痛のことを言っているのだろうか。どうすればいいのとプロンプトが訪ねた。

「会いに行ってみる?何か伝えたいんだと思うよ…一緒に行こう」

アーデンのその提案に、四人は顔を突き合わせてこそこそと相談を始めた。乗るか、とグラディオが小さな声で仲間に尋ねる。

「行ってみて…」
「ヤバけりゃ戻る」

一行はアーデンの提案を受け、共に巨神タイタンの眠るカーテスの大皿まで赴くこととなった。ゆらゆらと歩きだすアーデンに、警戒心のやや薄いプロンプトとフィオレがくっついて行く。
イグニスは疲れたようにため息をついた。

「オレの名前、すっごく長くてさ…略して『アーデン』なんだけど、この愛称で呼んでよ。車で行くからさ、みんなで駐車場まで行こうか」
「おじさま車があるの?」
「そ、オレも愛車で来たんだよ。君たちの車は…えーとレガリアだっけ?」
「ええ、ノクトの車。とっても綺麗なの」
「そっか、二台でドライブもいいなぁ。うん、いいね。そうしようよフィオレ」

たどり着いた駐車場に止めてあったアーデンの車は、派手な赤いボディに白いラインの入ったデザインだった。
物珍しそうにそれを覗き込み、凄い車ねとフィオレが言う。

「そうだ、ねえフィオレ、君はオレの車に乗って行く?」
「え、いいの!?」
「もちろん大歓迎。ホラ、そっちの車に五人はちょっと窮屈だろう?ゆっくりドライブしたくない?」
「乗りたい…!あ、ねえ兄さん私おじさまの…」

そう言いかけると、イグニスが恐ろしい顔でダメだと言った。

「フィオレお前…出会って間もない男の車に一人で乗るなんてどれだけ危ないか…」
「いいんじゃないの別に。オレ達が後ろから着いていくんだし心配ないでしょ」
「プロンプト…!余計なことを言わないでくれ!」
「あのねえお兄様…」

プロンプトはしかめっ面のイグニスの肩を引き寄せて顔を近づけ、ひそひそと小声で話す。

「あんまり口うるさいと本当に煙たがられて嫌われちゃうよ?フィオレももう小さい子供じゃないんだからさ、少し遠巻きに見守ってあげたら?」
「し、しかしあの子は世間を知らないのだし…」
「だから少しずつ知って行かないと。近いうち…口を聞いてもらえなくなるかもよー?」
「……う……」

妹の事となると、いつもの知的で冷静な軍師の顔がなりを潜めてしまうのが玉に傷なのだった。歳の差は二つしかないが、イグニスにとってフィオレはいつまでも幼く、自分の後ろを愛らしくついて来ていた頃となんら変わりはない。
そんな宝物のようなフィオレが、好感の持てない男の車の助手席に乗るなど我慢ならない所だった。しかしプロンプトの言うように、口の出しすぎは年頃の娘にとってこの上なく鬱陶しいものだと言うことも理解はしていた。

ふーと細く長い息を吐き、アーデンの目を真っ直ぐに見つめながら言う。

「ま、まあ…車に乗るくらいはいいだろう…くれぐれも、安全運転で頼むぞ」
「ふふ…心配性だなお兄さんは」
「……お兄さんはやめてくれ…」

アーデンはレガリアの運転にノクトを指名した。こうしてカーテスの大皿までの六人の奇妙なドライブが始まったのだった。






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