第10話

もはや日常となった魔導兵保管倉庫での孤独な訓練。ヴィーデは今日もまた、昨日と同じ時間にそこへと向かう。
どうも近頃独り言が多くなったように感じるが、きっとそれは物言わぬ魔導兵を日々相手にしているからだろうと思った。

「アーデンと会わない日は人間と話すこともないもんねぇ…」

とはいえ、村にいた頃も積極的に誰かと会話をするような生活を送っていなかったので、さして寂しいと感じることもなかったけれど。
むしろわずらわしさを嫌うヴィーデにとって、触れ合う人間の数が少なくて済むのは有難いことでもあった。




倉庫の前でポケットから鍵を出しロックを解除しようとしたとき、背後から男の声が聞こえた。

「そこではない。今日から場所を変えるぞ」
「え?」

振り返ると、立っていたのは白い衣装を身に纏った将軍、レイヴスだった。ヴィーデの顔が反射的に歪む。

「…嫌なのはお互い様だ。好き好んで面倒な子守りなど請け負う時間はないんだ。だが、命令されたのでは断ることは出来ん」
「……………」
「ついて来い」
「………は…はい…」

何か言い返してやろうかと思ったが、おそらくヴィーデが何を言ったところで嫌味で返されるだけであろうから止めた。

レイヴスの少し後ろを歩きながら、その姿を盗み見る。着るのにたいそう時間のかかりそうなややこしい服を着ている。
そして甲冑の一部だと思っていたその腕は、よく見ると機械仕掛けの義手のようだった。
やはり軍人として生きていくことは大きな危険と隣り合わせなのだとヴィーデは改めて思った。

自分に勤まるのだろうか。あんな風に、体の一部が欠けてもなお戦い続ける信念が果たしてあるのか。

ヴィーデが俯きながらため息をついたとき、どこへ行く、と声をかけられた。

「…お前は人の後について来ることもできんのか?こっちだ」
「…す……すみません…」

先ほどから小言しか言われていない。でも我慢だ、言い返してはいけない。こんな男でも剣術の腕は確かなのだから、その技をしっかりと身に着けることが今の自分に出来る目標への最短距離だとヴィーデは自分に言い聞かせる。

レイヴスに促され乗り込んだエレベーターは上昇を続ける。一切会話のない空間が非常に重苦しい。
こんな時アーデンならば、その場が和むジョークや気の利いた会話をしてくれるだろうにと心底思う。
軍人とはみんなこのように無愛想なものなのだろうか、と思いかけ、脳裏にカリゴ准将のいやらしい顔を浮かび頭を振る。
その時―

「着いたぞ、降りろ」

と開いたドアの先を顎で指した。たどり着いた部屋は非常に大きな訓練場で、壁沿いには多種多様の武器がずらりと並べられている。
片手剣、大剣、短剣、槍、弓、斧。どれも鈍色に光を放ち、その切れ味は想像に難くない。

「今日からお前の訓練はここで行う。毎日同じ時間にここで待て」
「は…はい…でも、どうして急に今日から…?」
「魔導兵相手に、いくらかマシに動けるようになってきたようだからな。より実戦に近い訓練を受けてもらう」
「…み…見てたんですか…?」
「問題でも?」
「……ありません……」

全く気が付いていなかった。レイヴスが気配を消す達人なのか、ヴィーデが鈍いのか…。

「武器を選べ」
「ほ、本物の武器を使うんですか…?!」
「実戦の意味が分からんか?」
「……………」
「武器が本物なのだから、当然怪我もする。その度合いによってはただでは済まないことを頭に入れておけ」
「訓練…ですよね…?」
「そうだ。いいか、これからお前が学ぶのは戦いの技術だけではない。戦場における危機感、危険回避、死が隣り合わせだという臨場感だ」

おもちゃの武器でそれらが学べるか、とレイヴスは言った。
返す言葉が見つからなかった。木刀を持った魔導兵相手に多少動けるようになった程度で腕を磨いているつもりになっていた己を恥じた。
レイヴスという男はどこまでもストイックに自分を追い込み、将軍と言うポジションにいるのだと痛感する。

「…好きな武器を、選べばいいんですね」

どうせなら、強い打撃力のある物の方がいいだろうと思った。リーチもより長く、相手の攻撃範囲に入らずにこちらの攻撃を当てられる。
これ、とヴィーデが指さしたのはその背丈ほどもあろうかという大剣だった。

「……本気か…」
「え…本気ですけど…」
「………」

レイヴスはしばしの沈黙の後、壁に並んで掛けられている大剣を一つ手に取りヴィーデに差し出した。
その柄の部分を手にした瞬間、ヴィーデの腕は強大な重力によって床へと落ちた。

「…っちょ…重っ…!!」

まるで磁石で地面とくっついているのではないかと思うほどびくともしない。持ち上げることができないどころか、渾身の力を込めて引きずろうにも床に数ミリの傷をつけることしかできなかった。
唸りながら大剣と格闘するヴィーデにため息をついて、レイヴスはその手から巨大な剣を奪い取ると壁へと戻した。

「身の程を考えろ。いくら武器そのものの威力がでかくとも、それを扱う身体的能力が備わっていないのなら無駄だ」
「…大は小を兼ねるというし…」
「兼ねた力を生かせないと言っている。お前の小さな背丈と細い腕でそれを使いこなすようになるには体そのものの改造が必要だと思え」

好きで小さく生まれたわけじゃない。そんな気持ちがヴィーデのとがった唇に表れている。

「大剣は一撃の威力そのものは強力だが、その分振るうことのできる数が格段に少ない。例えば片手剣で5回攻撃する間、大剣はその重量から動作が鈍くなり一度しか振れない」
「え…それじゃあどっちもどっちじゃ…」
「そういうことだ。大剣よりも威力の弱い片手剣での5回と、攻撃力の大きな大剣の一撃。もしもこの一撃を外したらさらに相手から5回の攻撃を食らう可能性がある」

どの武器にも長所と短所があり、それを考慮して平均すればどれも同じようなものだとレイヴスは言う。

「それを平均以上に上げていくのが、使う人間の身体的特徴を生かすことだ」
「身体的特徴…」
「自分に合った武器を使え、ということだ。体重の軽いお前なら素早い動きに向いているはずだ。出来るだけ小ぶりなものを選べ」

小ぶりな武器―

ここに並んでいるのはどれもそれなりの大きさのものではあるけれど、その中でも小型なのが片手剣と短剣だった。

「この短剣は両手にそれぞれ持って使う。他の武器よりもより攻撃回数が増えるが…どうだ?」
「両手で……」

できれば片手は開けておきたかった。その理由はニフルハイムの人間には言うことは出来ないけれど…。
ヴィーデは片手剣を手に取り、決めたという意思を視線で伝えた。

「いいんだな?」
「はい」

魔導兵との訓練用にとアーデンから借りていたのは短剣だったので、今度はそれよりも長さがある分重みを感じた。

「構えろ」
「…い、いきなりですか…!?」
「何のために魔導兵との訓練を続けてきた。今さら手取り足取り剣の振り方を教えるつもりはないぞ」

実戦だと言っただろう、と言いながら斬りかかってくる。ぎゃあと悲鳴をあげてヴィーデは剣を構える暇もなく逃げ惑う。
顔の真横を過ぎるレイヴスの剣の冷たさに、訓練中に片腕を無くしてもおかしくないのだと背筋を凍らせた。

「どうした、避けるだけか?お前も斬りかかってこい。せめてオレの剣を受け止めるくらいやって見せろ!」
「そんな…!こと…!言われても!」

レイヴスの動きが早すぎる。とても目で追うことができず、ましてや反撃のスキなど見当たらないのだ。
さらに悔しいことに、相手は利き手ではない義手である左手を使っているというのに。

「困ったものだな。これ以上のハンデは与えようがないぞ」

そう言いながらも剣を振るう手は休まずヴィーデを押し続ける。とうとう壁際まで追い詰められて、レイヴスの剣が顔のすぐ真横の壁に突き刺さった。

「…まじめにやれ。今度はうっかりその耳を突き刺してしまうかもしれんぞ…?」

顔を近づけてそう言った。端正な顔ほど表情が無くなると恐ろしい。傍から見れば、狐に狩られる兎のような状態である。
背中を伝う汗の感覚だけが、自分はまだ生きているという実感をヴィーデにくれた。






それから4時間ほど後に、ヴィーデはようやくレイヴスから解放された。
ふらふらと部屋へ戻り、そのまま寝室のベッドに倒れこむ。これから毎日このような訓練をあの男から受けなければならないなど地獄だと思った。


「お風呂………入らなきゃ……」

最後の力を振り絞り腰に差した剣を床に放り投げ、寝ころんだままタンクトップを脱ぎ軍服のズボンを脚から引っこ抜く。
けれど結局身体を起こすことは叶わずに、お風呂、と呟いてヴィーデはそのまま意識を手放した。




今日からヴィーデがレイヴスとの訓練を始めるとの報告を受けていたアーデンは、さぞ疲労困憊であろうヴィーデを労うためにその部屋へと向かっていた。
初対面での印象が悪かった様子であるし、愛想のないレイヴスのことだから精神的にもまいっていることは容易に想像がつく。

部屋の前に立ち、ドアを3回ノックしヴィーデと声をかける。けれど十数秒待っても部屋の主が顔を出すことはない。

「…あれ…ひょっとしてまだ終わってないのかね」

そう呟いてドアノブを回してみると鍵はかかっておらず、キイと音を立てて内側に開いた。
風呂にでも入っているのだろうか、そう思いもう一度ヴィーデの名を呼び室内へと入ってみる。

「んー…風呂場から音は聞こえない…寝てるのか?」

リビングから寝室へと入ってみると、そこには靴や衣服を脱ぎ散らかし下着姿でベッドに倒れているヴィーデの姿があった。

「…おっと…なんとまあ、あられもない…」

よほど疲れ切っていたのだろう。風呂に入るつもりで服を脱いでそのまま寝てしまったのだろうか、半分ほど口を開けて静かな寝息を立てている。
頭の右上で一つにまとめた髪も乱れ、所々に見える切り傷がレイヴスとの訓練の壮絶さを物語っていた。

「あーあ、あんまり傷つけないで欲しいんだよねぇ。ま、彼はこれでも十分加減したつもりだろうけど」

そう言いながら床に落ちた服を拾い上げて側の椅子にかける。ベッドに対して真横に寝ているヴィーデを抱き上げて正しい位置に寝かせてやる。
身動き一つしないヴィーデをまたがる様にして見下ろし、そっとその両腕を上から下に撫でる。
そのままその手をさらに太ももまで移動させ同じようにゆっくりと触れていく。

「ふうん、随分と体つきが変わってきたね。筋肉もついてきたし、頑張ってるじゃないの」

出会った当初細いだけだったヴィーデの身体は、この2か月と少しで逞しくなりつつあった。魔導兵との訓練で根を上げるかと思いきや、なかなかどうして我慢強いタチのようだ。

えらいねと呟いてヴィーデの髪を梳きながら撫で唇を耳元に近づけた。

「でもねえ、鍵はかけとけって言っただろう?いつかの日みたいにカリゴ准将が来たら、無事じゃすまないよ…」

小さな声でそう言って、柔らかな白い頬に唇を落とした。

「オレだからこれで済むけどね。おやすみ…」

アーデンはポケットからヴィーデの部屋の合鍵を取り出ししっかりと施錠をしその場を後にした。







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