▼愛して

ああ、ついにやってしまった。涙ながらの訴え。自分でもずるいと思っている。涙は女の武器だなんてよく言うけれど、ただの甘えのような気がして鳴の前だけでは使いたくなかった。案の定鳴はポカンと口を開けて二の句が継げなくなっている。

「ごめん、何でもないから。気にしないで」

今さら撤回したってもう遅いけれど、そう言わずにはいられなかった。これでいよいよ呆れられてしまったに違いない。掌で乱暴に涙を拭ってボールの空気入れを再開しようと踵を返した。

「待てって」

ぐいっと引っ張られた手。バランスを崩して後ろに倒れると、そのまま広い鳴の胸に背中から飛び込んだ。首元に腕を回して捕まえられる。耳元に熱い鳴の吐息がかかってくすぐったい。

「ちょーし乗り過ぎた。反省してる」

「鳴…?」

「保留にしたとか嘘だから。断ったけど結構しつこく粘られただけだから」

「………」

「嫉妬するなまえが可愛いのが悪い」

「…責任転嫁しないでよ」

「うん、俺が悪い」

いつになく素直な鳴。余程ここ数日のことが堪えたのだろうか、何だか弱りきっているようにも見える。手を伸ばして髪の毛をわしゃわしゃとかき混ぜるも鳴は大人しく私にされるがまま。

「泣くとは思ってなかったなー」

「私も思ってなかった」

「そんなに俺のこと好き?」

「うーん…。わがままだし私にひどいことするし、自分が悪くても謝ってくれないし」

「…うん」

「それでも、好きだから仕方ないよね。惚れた弱味ってやつかな」

「うん」

ぎゅうっと回した腕の力を強くして、まるですがるような鳴。

「鳴はどうなの?私のこともう好きじゃない?」

「そんなわけねえだろ」

「ふうん?」

「昔からよく言うじゃん。好きな子には意地悪したくなるって」

「小学生か」

思わず突っ込むと、ほっぺたを膨らませてむくれ顔の鳴。こんなに愛情表現してるのにわかってくれないの、といたく不満気だ。

「その単純な性格みたいにもっと真っ直ぐな表現にしてよね」

「………」

「じゃないとまた私泣くよ?」

「それは嫌」

うーん、と何かを思案する鳴に体重をかけられてそろそろ苦しくなってきた。よっこらせと腕を持ち上げて正面から向かい合う。これで一応双方の誤解は解けたし、今はやらなければいけないことがある。

「じゃあ私、そろそろ仕事再開するから」

「なまえ」

こっちこっちと手招きをされて、素直に鳴に従う。内緒話をするように口元に手を当てる鳴に顔を近付けた。

「あいしてる、かも」

へへ、真っ直ぐな愛情表現、と間抜け面で笑う鳴が愛しくて可愛くて。何て単純なんだろうか、何て阿呆なんだろうか。募り募って爆発した愛情に任せて鳴に思い切り抱きついた。

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