▼怒らせて

私は怒っているということを鳴にわかってほしくて、徹底的に無視をした。向こうが謝ってくるまで絶対に私からは口をきかない。するとなぜか鳴も私を無視するようになった。教室で顔を合わせても見えない振り。まるで小学生みたいな私たちのケンカに巻き込まれた周りは、早く仲直りしろという圧力をかけてくる。

でも鳴が絶対に悪いから口をきかない。

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明日の部活の試合の準備のために、用具室でボールに空気を入れていると誰かの話声が聞こえてきた。何となく聞き覚えがあって耳を澄ませると、声の主は鳴だとわかった。

「うーん、ちょっと無理かな」

一体何が無理なんだろうかと気になって、悪いとは思いながらも用具室のドアに隠れて外の様子を盗み見た。

「私、先輩のことどうしても好きなんです」

次に聞こえてきた声と目の前に広がる光景が信じられなくて私はその場ですっかり固まってしまった。鳴が女の子に好きって言われて挙句の果てに抱きしめられている。

「ちょっと!人の彼氏に何してるの!」

気が付けば私は物陰から飛び出して、密着している二人を引きはがしていた。突然登場した私、もとい鳴の彼女に心底驚いたのか女の子は逃げて行ってしまった。一言ぐらい謝っていきなさいよ!背中に向かって叫ぶも、返事は返ってこなかった。

「へえ、俺まだなまえの彼氏なんだ」

背後から聞こえる声にはっと我に返った。咄嗟に飛び出してしまったけれど、そうだ私は今鳴とケンカをしているんだった。"まだ"彼氏なんだって鳴は言った。ああそうか、つまりはそういうことなんだ。

一瞬でその言葉の意味を理解した私は目頭が熱くなるのを必死に堪える。ずっと口をきかなかったからいつの間にか私と鳴は自然消滅していたんだ。

「ごめん、彼女でもないのに出しゃばって」

「………」

「邪魔者は退散するので、あとはごゆっくり…」

「いやもう帰っちゃったじゃん。なまえが鬼みたいな剣幕で飛び出してくるから」

「ごめんなさい」

結局私から謝ってしまった。ちっとも悪くなんかないはずなのに。何だか悔しくて、切なくて、涙か零れていく。

「何で泣いてんの?」

「別に泣いてない」

「嘘だ、泣いてる」

「泣いてない」

「何で嘘つくの」

鳴が私を傷つけたからじゃないの?本当はケンカなんてしたくないのに、どうして鳴はわざわざ私が嫌がるようなことを言うの。目の前で嫌なことをしてしまうの。嗚咽交じりになりながら絞り出した私の訴え。

「私、鳴に怒ってる」

ちゃんとわかってるの?

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