第二関門突破


胸いっぱいに御幸さんの匂いを吸い込んだ。

「御幸さん…あの、ちょっと」

「んー」

「んー、じゃなくてですね!ここだと人に見られるので移動しましょう、移動!」

御幸さんの胸をぐいぐいと押して離れ、一番近くにある空き教室に入った。これじゃあまるでいつかの日の再現みたいだ。
あの時と違うのは私の御幸さんへの気持ちと、それから御幸さんの様子。されるがままに私に引きずられているが正直重い。結構な力がいる。

「御幸さん?どうしたんですか一体」

「もうちょっと」

「えっ、うわっ」

「色気のねえ声」

再び手を引かれて御幸さんの腕に収まった。くつくつと喉で笑う御幸さんの様子はやはりどこかおかしい。いつものように飄々としていないというか、余裕がない。
御幸さんのセーターからは柔軟剤の良い香りがして、ああこれが御幸さんの匂いなんだと思うと胸がきゅっと痛くなる。

「ちょっとセクハラが過ぎませんか」

「セクハラじゃねーから、充電」

「屁理屈じゃないですか…。充電って何ですか」

「じゅーでん。なまえで」

「名前呼び…」

「いいだろ、もう。ちょっと黙って大人しくして」

横暴、パワハラ!と叫びたかったがもうこれ以上が心臓が持たない。ドキドキ、ドキドキと鳴り続ける心臓の音が御幸さんにまで聞こえてしまうんじゃないかと心配になる。好きな人に突然こんなに抱き締められて平常心でいろというのも土台無理な話だ。

「御幸さん」

「………」

「御幸さん、もう、無理」

「はい?」

「窒息します…」

呼吸をすれば御幸さんの匂いがしてドキドキが止まらないから呼吸を止めていたら頭がくらくらしてきた。
この非常に心臓に悪い状況も相まって目の前が揺れ始める。情けないことに自分では立っていられなくて御幸さんにしな垂れかかった。

「ちょっなまえ、なまえ!」

だからもう、そんなに名前で呼ばないでよ。

***


「おーい、落ち着いたか」

「ううう、本当すみません」

「酸欠ってまさか過ぎるだろ」

はい深呼吸してー、吐いて―、と御幸さんに介抱してもらった私はすぐに落ち着いた。極度の緊張と動揺で呼吸がままならなかったなんてちょっと恥ずかしい。

「元はと言えば御幸さんがセクハラするから」

「セクハラじゃねえって」

「まだ言いますか。まあ、それは置いといてですね、一体どうしたんですか」

「何が?」

「ここまでしておいて白を切り通そうったってそうはいきませんよ。一連の行動についてきっちりしっかり説明してください。説明責任ですよ」

じいっと御幸さんの瞳を真っ直ぐに見つめてそう言うと、御幸さんは気まずそうに視線を逸らした。

「私には、言えないんですか」

「………」

「そう、ですか」

「なーんていうか、さ」

視線を逸らしたまま、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた御幸さん。私は黙って続きを促す。

「よくわかんねえけど、元気もらってたんだよなあ、俺。一応キャプテンだから部の様子とか気にかけてんだけど、正直どうしたらいいかわかんねえこと多くて、それが上手くいかなかったりした時、なまえちゃん見ると元気になって」

「え、キャプテンなんですか」

「本当、そういうところな。あんまり俺に興味ねえのが良かったのかも」

「はあ…」

何だかさらっとひどいことを言われているような気もするけど、要するに御幸さんは部活について悩んで悩んで、元気をなくしてしまっているんですね。それで充電。

でも私はもう、御幸さんの望むような私でいられない。

「無理ですよ。私、もう御幸さんに興味持っちゃったんで、無理です」

「え?」

「御幸さんの言うように、御幸さんに興味なくて突っかかられても適当にあしらったりとか、もうできないです」

私の言葉の意味を図りかねている御幸さん。いつもいつも攻められてばっかりで、余裕綽々の御幸さんに翻弄されている私だけど、今だけ形勢逆転。きっと御幸さんは私の気持ちに気付いてないでしょう?

「好き、ですよ。もう」

だから責任取ってくれないと正直困るんですよね。全くこんなつもりではなかったのに、気が付けば言葉が口をついて出てきていた。もう止められない。
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