最終局面の前に
「やってしまった。つらい、いっそ誰か一思いに」
「物騒なこと言わないで。どうしたの?」
「聞いてくれますか、小湊くん」
「聞いてほしいんでしょ?」
都合よく5時間目の授業が自習になったため小湊くんに縋りに行った。
この思いを一人で抱えるのは無理だと判断したからだ。やってしまった、と不穏な空気を纏って頭を抱える私なんかの話を聞いてくれるのは小湊くんくらいだ。
「で?」
「告白しました」
「え?」
「ついうっかり。それで、怖くなって走って逃げてきました」
「言い逃げ?」
「はい…」
あれ、メールが返ってこないって悩んでたのに、何でそうなるの?と頭の上に疑問符をたくさん浮かべた小湊くん。予想の斜め上をいっていたのか、理解が追いついていないようだ。小首をを傾げる姿が小動物のようで可愛らしい。
私だって誰かに問いたい。何であのタイミングで告白したかな。
「何でそうなるの?」
「いやあ、流れ?」
「どんな流れで告白することに」
「………」
さすがに大胆なセクハラをくらったことは、御幸さんの沽券に関わりそうだったので内緒にしておこう。
「まあ、それは頭を抱えるね。意図してなかっただけにより一層」
「そうでしょ?もうマジで振られる5秒前なのに、自ら逃げて苦しむ時間を延長してしまいましたよ。ははっ」
「振られる、のかなあ?」
「振られる、でしょう?」
だって御幸さんは野球のことでいっぱいいっぱいで、それで充電しなきゃやってられなくて。それなのに、私ときたら自分のことばっかり。
「あー、もう、無理。無理」
思い返すだけでずきりと胸が痛む。自分勝手にも程があるだろう。
「ちょっと落ち着きなよ」
「人生初の告白をしてしまって、落ち着けるはずかないと思うんだ。ねえ、小湊くん。どうやったら御幸さんの負担にならずに済むのかな」
「負担って?」
何か一つに本当に一生懸命になってる人に自分の気持ちをぶつけてしまったけど、本当はそんなつもりじゃなかった。別に叶わなくてもいい、付き合いたいとも思ってない。応援できたらそれで十分。どうやったら相手に、御幸さんにそれが伝わるだろうか。
「好きですって言っておいて、何を今さらって感じだよね」
「………」
「小湊くん?」
「みょうじさんって」
「うん?」
「鈍いくせによく考えてるよね。大体見当はずれだけど」
うんうんと頷きながら感心したように、褒めているのだか貶しているのだかよくわからないことを言われてしまった。大体見当はずれって…いくらなんでもひどくないか?
「小湊くんは私のことをバカにしているね」
「そんなことはないよ。褒めてる褒めてる」
「絶対嘘だ」
「とにかく、ちゃんと相手の返事を聞きなよ。一度落ち着いてからでいいから」
「…うん」
最後に至極まっとうなお説教をいただいたところで、私は自分の席に戻った。残りの時間で課題のプリントをやっつけてしまわなくては。
鞄から筆記用具を取り出そうとしたところで、メールの受信を知らせる表示が目に入った。
誰だろうか、ということは考えなくても何となくわかっていた。
「御幸さん」
もう一度ちゃんと話がしたい。
想像通り一切飾らない文章を打つんだなんて、そんなどうでもいいことを考えた。
小湊くんの言うように一度落ち着いてから。大きく息を吸い込み吐き出してから、了承の返事を打って、送った。
それから、やっぱり恥ずかしくて机に突っ伏して身悶えた。
今日の練習終わり。今度は逃げずに、ちゃんと御幸さんに向き合おう。
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