変わり始めた戦局
嗚呼、うららかな陽気ですね…小鳥もさえずっていて、すごくいい天気だね。窓際の席で片肘をついてぼけっと外を眺める。嗚呼、いい天気。
「大雨だけどね」
「うん」
「小鳥もいないよ」
「うん」
「そこ僕の席だね」
「ごめんなさい、構ってほしかったんです」
最初からそう言ってよと笑いながら、小湊くんは私の前の椅子を拝借した。小湊くんとは日曜日以来何となく話すようになって、私は勝手に仲良くなったと思っている。小湊くんがどう思っているかはわからないけど。
「で、今度はどうしたの」
「メールが返ってきません」
「御幸先輩?」
「いえす。自分から強引に連絡先を交換させておいて、いざ送ったら無視とか何なんですか。私は弄ばれているんですか」
「ちょ、ちょっと落ち着いてよ」
捲し立てるように言葉を並べる私に気圧されたのか、小湊くんに宥められる。どうどうって、私は馬か何かですか。
「そんな目で見ないでよ。メールはいつ送ったの?」
「日曜日の、夜」
「日曜…。あー、うん」
「何、何かあるの?」
日曜と聞くと、何かを思い出したかのような小湊くんは黙りこくってしまった。
小湊くんみたいに聡い子は色んな人の間に立って気を遣わなきゃいけないんだな、大変だな、なんて他人事のように思う。鈍いと言われてしまった私はどうしたらいいかわからなくてもうお手上げだ。
「今はちょっと、それどころじゃないのかも」
「え?」
「色々考えなきゃいけないことが多いんだと思う」
「んー…」
そっか、そうなのか。やっぱり強豪校の選手らしいし、夜遅くまで練習してるらしいし、そうほいほいと連絡が取れるわけないか。寮暮らしっていうのがあんまり想像がつかないけど、毎日が修学旅行のノリみたいな感じなのだろうか。もしそうであれば確かに連絡はつきそうにない。
「元気出して」
わかりやすくしょんぼりしていたのだろう、小湊くんに励まされてしまった。何て天使。
***何とかして一目、いや一言だけでも言葉を交わしたいと思った私は、お昼休みになった途端に教室を飛び出した。
二年生の教室の方に行くのはちょっと怖いので主に食堂付近を捜索する。どうか、来てくれますように。
それこそ、メールをすればいいじゃないかと思われるかもしれないが、無視され続けている私にとって今やメールに頼ることができないのだ。電話は何となく気恥ずかしい…。この乙女心を少しは御幸さんにも察してもらいたいものだ。
「あっ、御幸…さんっ!」
食堂から少し離れた廊下をとぼとぼと歩いていると、目的の人物が正面からやって来た
。手元のノートのようなものを眺めながらフラフラと歩いている御幸さん。声をかけると弾かれたように顔を上げた。
「みょうじちゃん」
「え、何でそんな間抜け面なんですか」
人が折角声をかけたというのに、御幸さんはぽかんと口を開けたまま突っ立っている。
「初めて、そっちから声かけられたなって、思って」
「え、そうでしたっけ?」
「何か…、感慨深い」
「いやいやいや、何言ってんですか」
ちょっと気持ち悪いですよ、と素直に述べると、うるさいと言って小突かれてしまった。
御幸さんだ、御幸さんと話している、そんなある種感動に近い感情を抱く私も大概気持ち悪い。
むずむずと湧き上がる喜びを噛み締めて、緩みそうになる頬を無理やり引き締めた。
「あ!それより、御幸さん!」
「ん?」
「メール、送ったんですけど…。届いてますか?」
「えっ、あ、そうだった。わりい、返信忘れてた」
「や、届いてるならいいんです!お疲れ様って言いたかっただけだったので!返事しにくいですよね、すみません!」
御幸さんがメールを読んだとわかった途端、急に恥ずかしくなってきた。ちゃんと読んだ上で返事をしていないのに、それを本人に言うなんてすごく図々しいのでは。
やっぱり無し!無かったことにしてください!と慌てて前言撤回をしていると、落ち着けと御幸さんにまで宥められてしまった。今日は人に宥められてばかりな気がする。
「ごめん、ちょっとこっちの都合で返事忘れてた」
「いや、もう本当いいんで気にしないでください」
恥ずかしさのあまり最後の方なんてほとんど消えてしまっているのではないかというくらいの小さな声。やだ、もっと普通にいつも通りにしたいのに。
「みょうじちゃん?」
「は、はい」
「なまえ、ちゃん」
「なっ、な…」
何ですか、と返事をしようとしたところで腕を掴んで引き寄せられた。すっぽりと御幸先輩の胸に収まって、そのまま抱きしめられる。
「み、ゆきさん?」
「ちょっと、充電」
背中に回る力強い腕とは対照的に弱々しい御幸さんの声。事情はよくわからないけど、様子がおかしいことはわかる。
かける言葉が見つからなくて肩にうずめられた御幸さんの頭をそっと撫でた。
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