第一関門突破


お家に帰って今日の御幸さんとのやり取りを思い出した私は、羞恥のあまり枕を抱えてのた打ち回った。
壁ドン、デコチュー、「ちゃんと見とけよ。野球部の俺を」。
思い返すだけで恥ずかしい、しにたくなる。リアルで壁ドンなんてやってのける男はきっとマシなやつではない。危ない男だ。

危ない人には近付いたらいけないのに、何だかずっと御幸さんのことが頭から離れない。まさかこれが恋なんでしょうか…。

一人で暴れまわって疲れた私は、四肢を投げ出してぼんやりと天井を見上げた。目を閉じればあの光景が浮かんでくる。まるで夕日が焼き付いてしまったかのように瞼の裏が赤い、赤い。

***


翌日びくびくしながら学校へ向かった私は、なるべく御幸さんと顔を合わせないよう細心の注意を払っていた。今顔を合わせても一体どうやって接すればいいのかわからない。

今日は昼休みに昨日委員会で頼まれていた仕事をしに職員室に行くというミッションがある。御幸さんに見つからずスピーディーかつセーフティーに進めるルートを頭の中で幾度となくシミュレーションし、いざ任に就いた。

「お。みょうじ発見」

「なぜここにおわす」

御幸さんに会わないようなるべく人通りの少ないルートを選んだはずだったのに早々に出鼻を挫かれた。私の意気込みを返していただきたい。
しかもあの忌々しい初対面を彷彿とさせるように、曲がり角を曲がったところで思い切り御幸さんにぶつかってしまった。

しかし今回はしっかりと御幸さんの両手で肩を固定されたため、前回のように尻餅をつくようなことはなかった。

「廊下走るの好きなわけ?気を付けねえとまた転ぶぞ」

「す、すみませんでした」

ぶつかったことを謝って大きく一歩距離を取る。何をされるかわかったものじゃない。
御幸さんは私のそんな行動を見て苦笑していた。言っておきますけど悪いのはあなたですからね!警戒心持つようなことをするから。

「走ってどこに行くんだ?」

「職員室です」

「こっちだとすごい遠回りじゃ…」

「さ、散歩したい気分だったんです」

「ふうん?」

間違ってもあなたと遭遇しないようにするためですとは言えない。言ってしまったら昨日のことを意識していることがバレバレなような気がする。
小首を傾げて納得いかないといった様子の御幸さんに、それじゃあこれで!と告げて廊下を歩き始めると、腕をがっしりと掴まれてしまった。

「まあまあ、待てって」

「何ですか!?」

「そんな警戒すんなって。昨日のこと根に持ってんの?」

「き、昨日のことって何のことでしょう。私全然わからないなあ」

バタフライをしているんじゃないかというくらいに泳ぎまくる私の目。何て嘘が下手なんだ、この正直者め。

「ふうん。意外とこれは思ったより」

「何がです?」

「んー?内緒」

口元に人差し指を当てて意地悪く笑う御幸さん。見る人が見たらきっと魅力的な表情なんだろうけど、今の私には悪魔の微笑みにしか見えない。何かよからぬことでも考えているのだろうか、恐ろしすぎる。

「昨日ちゃんと部活見てったんだろ?どうだった?」

「え、えーとですね、同じクラスの子が野球部でビックリしました」

「他には?」

「人数が多いんだなって」

「それで?」

「私野球のルールとかよくわからなくて」

「キャッチャーは知ってる?」

「御幸さんは、キャッチャーなんですね」

まるで誘導尋問をされている気分だ。自分の名前が出たことがご満悦なのか御幸さんは機嫌が良い。
用事があるからついでに俺も行くと言って職員室までの道のりを並んで歩く。こうなると逆に遠回りな道を選んだ自分が憎い。

「みょうじ、今携帯持ってる?」

「あ、はい」

「それ貸して」

「あ、ちょっと何を…」

するりと手から攫われていった私の携帯に高速で何かを打ち込んでいく御幸さん。ここまで早打ちできる人初めて見た。思わず呆気にとられていると、私の携帯はすぐに手の中に返ってきた。

「連絡先入れておいたから」

「え!今の一瞬で!?」

「今度から何かあったら連絡しろよ。あんまり頻繁には返せねえけど」

果たして連絡する機会があるのかまったくの謎だが、どこか上機嫌な御幸さんに抗議するのも憚られる。

こうやって強引にされるのが嫌じゃないのは、やはり恋なのだろうか。隣を歩く御幸さんとディスプレイに表示された名前を交互に見比べて、何故だか胸が痛んだ。
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