劣勢に立たされる


なぜこの人は、さも当たり前であるかのように一緒にお昼ご飯を食べているのだろうか。

「何、何かついてる?」

「いえ」

御幸さんは私の視線に気付くと、咀嚼していたものを飲み込んでこちらに向き直ってきた。ええい、こっちを見なくていい!

「ちょっとした疑問なんですけど、何でいるんですか」

「そこにみょうじちゃんがいたから?」

「あの名言をそんなふうに歪めて使うのはやめてください」

「何で怒ってんの」

「何で御幸さんがいるんですか」

普段は教室でお弁当を食べているが、今日はたまたま食堂でのお昼ご飯だ。友達はいつも通りお弁当だからわざわざ人の多い食堂に誘うのも忍びなくて、こうして一人でランチを楽しんでいたというのに。

「一人で飯食うの寂しいかなって思って」

「あ、ありがとうございます」

まさにああ言えばこう言う。さすがに気遣われているような素振りを見せられたのでは大きな声で文句も言い難い。

「御幸さんはいいんですか?お友達と食べなくて」

「はっは、大丈夫。俺大体一人だし」

「ぼっちで寂しいのは自分じゃないですか!」

思わず突っ込むと御幸さんは楽しそうにけらけらと笑っている。もしかして性格が悪すぎて友達の一人もいないのだろうか。もしそうだとしたら哀れ過ぎる。せめて私が話し相手になってあげた方がいいのかもしれない。

「おい、今すごく失礼なことを考えてるだろ」

「あなたはエスパーですか」

「別に友達がいねえとか、そういうんじゃねえよ」

「強がりはやめてください。余計に悲しくなります」

涙を拭う振りをしながら定食の唐揚げに箸をつける。揚げ物はあまり摂取しないように気を遣っているけれど、時折こうして全力で齧り付きたくなるのは何故だろうか。油の誘惑?

「もしかして唐揚げ好き?」

余程幸せそうに食べていたのか、御幸さんは私の様子を見てそんな言葉をかけてきた。好きか嫌いかで言うならば、確実に好きだ。そう伝えると御幸さんは自分の分の唐揚げを一つ分けてくれた。ちゃっかり私と同じ定食を頼んでいるのには敢えて触れない方向でいる。

「あ、いやそんな悪いですよ。食べ盛りの人が食べてください」

「みょうじちゃんにはもうちょい太ってもらいたいっていう男心だ」

「何ですか、それ。何だか下心が垣間見えて汚らわしいんですけど」

「気のせいだって」

食事中にあまりやいのやいの言い合うのは行儀が悪い。私はほんの少しだけ御幸さんに感謝して素直に唐揚げをいただくことにした。

「御幸さんのご飯足りるんですか?」

「どうせ後でパン買うし大丈夫」

「すごい食欲ですね」

「一応、運動部だからな」

へえ、そうなんですね、と相槌を打ちながら心の中では少し意外に思っていた。眼鏡をかけたままできるスポーツって何があるんだろう?
うーん、よく見ると確かに日焼けをしているし、制服を捲っている腕なんかの筋肉はある。外でやるスポーツなのかなあ、と一人考えていたら御幸さんに問題を出された。

「はい、じゃあ俺の部活は何でしょう?」

「何ですかそのノリ」

「いいから」

「えー?」

お味噌汁を啜りながら御幸さんの部活について考える。どうせ適当に答えてもいいんだろうけど少しくらいは考える素振りをするのが礼儀だろう。
御幸さんをチラリと見やると、何故だかドヤ顔をしていた。私がどんな答えを出すのかお手並み拝見ってことか?そんなに意外性のある部活なのだろうか。

「あ、ゴルフ部」

眼鏡をかけてても別に支障はなさそうだと非常に安易な発想で答えるも、御幸さんは横に首を振る。

「残念」

「じゃあわかりません」

「もうちょっと考えてくれてもいいだろ」

「もう十分考えましたよ」

すでに食べ終わっている御幸さんは頬杖をついて紙パックのジュースを飲んでいる。
もうわからないと言うと、少し残念そうに眉を下げて、うーん、じゃあ答え、と御幸さんは自分が野球部だと教えてくれた。
へえ、野球部。何だか青春ですねとそれこそ適当な返事をする。

「よく食べるのも頷けます」

「みょうじちゃんは部活は?」

「私は帰宅部です」

「へえ、知ってるけど」

じゃあ聞くなよ、という言葉はお茶と一緒に胃の中に流し込んで、ごちそうさまでしたと合掌する。結局御幸さんと一緒にお昼ご飯を楽しんでしまった。食器を一緒に下げるからとの申し出を受けたけれど、いやいや先輩にそんなことはさせられませんと丁重にお断りした。

御幸さんがパンを選ぶのに付き合いながら、あのくま事件が終わった今になって思うと、御幸さんはよく気が付いて優しい、非常に言いたくないけれど紳士な人だと認めざるを得ない…なんて考えていた。こんな振る舞いをきっと同級生の男の子には求めることはできないだろう。

「はい、これあげる。おやつにでも食べな」

「あ、すみません…」

買い物袋を漁って差し出されたドーナツを受け取ると御幸さんがにっこりと笑った。いつもみたいな意地の悪い笑顔じゃない。

「すみませんじゃなくてさ、ありがとうだと嬉しいんだけど」

「ありがとうございます」

「おう」

ぽんぽんと、二回頭を撫でられてさっと頬が一刷け赤くなる。優しくされてしまうとどうしようもない。ましてや御幸さんみたいに顔が整っている人だと尚更だ。
第一印象はどうしようもなく悪かったけれど、案外良い人かも…?なんて思うあたり、私は完全に絆され始めている。断じてドーナツが嬉しかったわけではない。断じて。
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