完敗宣言で幕引き


さあさあ、いよいよ幕引きの時間。

とっぷりと日が暮れた頃、指定された場所で待っていると軽快な足音が聞こえてきた。小走りで近づいてきたのは御幸さん。
待たせたな、という普通のセリフなのに御幸さんが言うだけでキザに聞こえるから不思議だ。

「そんなに待ってないです。むしろ早まったというか」

「ん?何が?」

「いえ、何でもないです」

私は未だにうっかり告白してしまったことを悔いていて、もう少しタイミングを見計らえば良かったのに、御幸さんの気持ちを考えれば良かったのにという後悔がぐるぐると胸の中で渦巻いている。

「御幸さん。もうばっさりと切り捨てて構わないので、どうぞ一思いに」

「一思いに?いやいや、なまえちゃん。何でそんな暗い顔してるの」

「そりゃ暗い顔もしますよ、結末は目に見えてますから」

「ふうん?」

正直に言ってしまえば、どうせ振られるんだし引き伸ばさずに早く切り上げたいという思いがある。それなのに御幸さんは自分からあまり口を開こうとせず、先ほどこちらの様子をずっと窺っている。何かを計られているようだ。

「ちょっと話し合う前に前提の確認をしたいんだけど、いい?」

「はい?」

「一つ、なまえちゃんは俺のことが好き。オッケー?」

御幸さんの直球過ぎる言葉に、ぼふんという音がして顔から火が出そうなくらいに赤くなったのが自分でもわかった。そんな改めて目の前で確認されると恥ずかしくてしにそうになる。

「な、何を!」

「オッケー?」

人差し指をずいっと眼前に差し出されて、念を押すように再び問われる。この人には羞恥心やデリカシー、人を思う気持ちがないのだろうか!?
しかしそんなものは私にもないので追及したって詮無いことだと思い直し、仕方がないので小さく頷いた。

「二つ」

「いや、これいつまで続くんですか。恥ずかしくてしにそうなんですけど」

「これで最後。二つ、俺がなまえちゃんのこと、何とも思ってないって思ってる?」

「ん?何とも思ってないって、思ってますよ?」

「うん。よくわかった」

前に突き出していた腕をすっと下ろし、うんうんと納得したように頷く御幸さん。一方の私は何が何だかさっぱりで話についていけていない。

「さっきから、何を確かめてるんですか?」

「んー、認識の齟齬?」

「齟齬、あります?」

「ありまくり」

「え?」

この御幸さんの発言に対して何も思わないほど私だって鈍くない。私の気持ちはすでに伝えてある。勘違いが生じているとすれば、もう一つしかない。
御幸さんの言葉にじわじわと期待が膨らんで、胸の内からせり上がるようにして喉をきゅっと締め付け目頭を熱くする。もし、もしそうならば、どれだけ嬉しいか。

「なまえちゃん」

「はい」

「さっき、一思いにって言ったよな」

「や、嘘だ」

「ほんと」

もうこれで何度目だろうか、御幸さんの腕の中に閉じ込められるのは。私よりもずっと背が高くて、広い胸、逞しい腕。おまけに顔を肩口に寄せてくるものだから、ぴったりと隙間なく密着する。

「人があからさまに攻めてるのに、なーんにも気付いてなかったんだってな」

「………」

「挙句、何だっけ?負担になりたくないらしいな」

「小湊くんのバカ」

「おいおい、こんな状況で他の男の名前出すなよ」

小湊くんにしか言ってないはずのことが、もう御幸さんに筒抜けになっている。
思わず恨み言を口にすれば冗談っぽく窘められてしまった。他の男なんてそんな言い方。何だかすごく、独占されているみたいだ。

「み、御幸さんは」

「んー?」

「私のこと、どう思ってるんですか…?」

顔のすぐ傍で御幸さんがふふっと笑うものだから、耳に息がかかってくすぐったい。思わず身じろぐと顎を掬われてそのまま、キスをされた。
一瞬だけ時が止まったような錯覚に陥る。

「こう思ってる」

「こうって…」

「もっかいする?」

「や、いいです!遠慮します!」

やっぱりダメだこの人!危ない人だ!危険信号を発しているのか全身が火照っていて、中でも御幸さんに触れた唇が一際熱い。

「じゃあそういうことで。なまえちゃんは今から俺の彼女な」

「彼女、でいいんですか?私、迷惑になるんじゃ」

「だーかーらー、なまえちゃんはいつも通りしてくれたらいいって。俺が勝手に癒されにいくから」

「何ですかそれは」

私の心配や後悔なんてどこ吹く風、そんなもの丸めて捨てておけと言わんばかりにあっけらかんとしている御幸さん。
一応これでも結構あなたのことで悩んでいたんだけどな、という恨み言を口にすれば、見当違いの悩みだから即刻やめろと言われてしまった。

すごく強引なのにそれでも私の心を優しく掬い上げてくれる御幸さんがやっぱり…好きだなあ。

「あ、あとこれはお願いなんだけど」

"お願い"と言って、それまで私をからかって楽しそうに遊んでいた御幸さんの顔が急に引き締まった。だから私も真面目な話だろうと思い引き寄せられるまま御幸さんの腕に身を委ねるとあろうことか腰に手を回された。

「時々でいいから、くまさん見せてね」

スカートの裾を少し持ち上げて、ちらりと太ももを露出される。声にならない悲鳴を上げて逃げようとしたがもう遅い。油断した私が悪いのだ。

完敗を認めましょう。
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