油断も隙もあったものじゃない


委員会に出席するため、お昼ご飯もそこそこに事前に連絡されている教室へと足を運んだ。
私が所属する保健委員は、男女一人ずつのペアで構成されているため、必然的に相方の男の子と一緒に廊下を歩くことになるのだが、どうにもそれを理解できない人がいるらしい。

「………」

「御幸さん」

「………」

「御幸さんってば。何拗ねてるんですか」

「…拗ねてなんかねえよ」

「不満たらたらな顔して、よく誤魔化せると思いましたね」

がっしりと掴まれた腕は、御幸さんの独占欲の表れか。
行きはよかったものの委員会終わりの帰り道、ばったりと御幸さんに出くわしてしまった。
私と、それから隣を歩いていた男の子を見た瞬間、ほんの微かに御幸さんの表情が曇った。だけどそれは普段の御幸さんを知らない人なら気付けないくらい微かなもので、「ちょっとみょうじさん借りるね」と猫を被って男の子に告げ、返事も聞かずに私の腕を引っ掴んだ。
そして毎度お馴染み空き教室へと入った私たちは、不自然に腕だけを掴まれたまま向かい合っているのでした。以上回想終わり。

「だから、委員会の帰りだったんですよ」

「………」

「御幸さんが思うような疚しいことは、一切合切、これっぽっちも、微塵もないですから」

「…ん」

「だから機嫌直してくださいよ。ね?」

付き合ってみると、案外めんどくさい人なんだなという感想を抱いたのは本人には内緒だ。今まで散々私のことを翻弄していたくせに、いざ恋人になった途端何だか幼くなったみたい。
まあ、そんなところも可愛いんだけど。誰も知らない御幸さんというプレミアムは大きい。

「じゃあ、なまえがキスすんの許してくれたら」

「は!?それとこれとは関係ないじゃないですよね?」

「いつまで俺を待たせるんだ…。悪女め」

「いやいやいや…」

実は少々お恥ずかしいことに、付き合った日以来私は御幸さんが過剰に触れてくることを拒否し続けている。
くまさん見せてねというのが止めの一言だった。貞操の危機をひしひしと感じている。

「まだ付き合って1ヵ月も経ってないですし」

「キスくらいいいだろ」

「それ以上に発展しないという保証がどこにあるんですか」

「え、それ以上って何?なまえちゃんのえっちー」

「………」

こうなってしまっては、もう御幸さんのペースだ。完全に分が悪い。
ああ、早くも腹を括らなければならないのだろうか…。
付き合うこと自体初めてで、正直どれくらいの速度が適切かということがわからないので何とも言えないが、確かにキスくらいは…いいのかもしれない。

「じゃあ、…目瞑ってください」

「え、まじ?」

「まじなんで早く!」

顔から火が出そうな程の羞恥に耐えながら言うと、御幸さんの顔が一気に綻んだ。そんなに嬉しいんだ…。

そっと顔に手を当てて、御幸さんとの距離を詰める。その綺麗な顔が目の前まで来たところで目を閉じると、あろうことか腰をかき抱かれた。
まずいと思った時には大体遅い。
そしてその勢いのまま唇が触れたと思ったら、すぐに咥内に舌が差しこまれた。
上顎の粘膜をべろりと舐められ舌を絡められた私は、もう足の力が入らなくなって御幸さんに体重を預けてしまった。

「ん。ごちそうさま」

口の周りを汚した唾液を拭って満足そうに微笑んだ御幸さんを、そして油断してしまった自分自身を今すぐにでも張り倒したい。
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