04

「そういえば、今日一也くんが久しぶりに帰ってきてるって聞いたけど…」

リビングにあるこたつに潜り込んでみかんを剥いている私へ、お母さんの口から懐かしい名前が告げられた。一也くんは今年で高校2年生になっているはずだ。高校に入学してすぐに学校の寮に入った一也くんと、実家を離れて一人暮らしをしながら大学に通っている私が同時期に帰ってくるのはこれが初めてかもしれない。

「うそ、もしかして今から会えるかな?」

久しぶりに実家に帰ってきたはいいものの、年末ということも相まって何もすることがなく丁度暇を持て余していたところだった。一也くんの帰省の知らせを受けてこれ幸いとばかりに身支度を整えた私は、財布と携帯をコートのポケットに突っ込んで家を出た。

徒歩5分もかからない道のりを行き、一也くんの家へとやって来た私は携帯電話を取り出した。電話をかける相手はもちろん一也くんだ。
数回のコール音の後、電話に出た一也くんの声は機械を通しているせいもあるかもしれないが、また一段と低くなっていた。

「やっほー、今何してる?」

「え…なまえさん?」

「うん、そうそう。久しぶりだねって言いたいところなんだけど、私今あなたの家の前にいるの」

「何のホラーですか」

「いや、まじで」

久しぶりに電話をかけておちょくっているとでも思ったのだろう、初めは笑っていた一也くんだったが、本当に家の前にいるんだと言うと驚いた声をあげてプツリと電話を切られてしまった。それからドアを乱暴に開ける音と階段を駆け下りる音が続く。

「なまえさん!」

半分部屋着のような格好で飛び出してきた一也くんを見て、私はまたもや目を剥いた。これはこれは…このかっこいい青年は誰ですか?

「うっわ〜、すごいね高校生。中学生以上の成長っぷり」

「帰って来てるならもっと早く連絡くださいよ」

「それはこっちのセリフだって。…おかえり、一也くん」

「なまえさんも。おかえりなさい」

くしゃりと顔を歪めて笑うところは少しも変わっていない。久しぶりの一也くんだ。だけど昔と違って私に敬語で話してくるところはあまり可愛くない。まあ大人ぶっちゃって。

「今暇なの?もしよかったらお散歩に付き合ってよ」

「あ、じゃあちょっと待っててください」

挨拶もそこそこに散歩に誘うと、一也くんは再び家の中へと入っていった。しばらくして戻ってきた一也くんの手にはマフラーが一本握られている。それじゃあ行こうかと踵を返すと、突然背後から首を絞められた。

「えっ!なに!」

「首元が寒そうだから、マフラーしてください」

「それならもうちょっと優しくしてよ!」

全くとんだ悪戯っ子だ。マフラーを私の首にぐるぐると巻きながら一也くんは、絡まった髪を一筋梳いた。その手つきがひどく優しくて、不意をつかれて心臓が跳ねた。マフラーから香る一也くんの匂いもまた鼓動を速くさせる。高校生かあ…。すっかり身体も大きくなって、顔付きも精悍になっている。そこに少しだけ幼さの残る笑顔がアンバランスで魅力的だ。

「散歩ってどこ行くんですか?」

「えー、考えてなかった。…とりあえず土手行ってみよっか」

この辺りは住宅地だから駅前の方まで少し歩かないとお店がない。 駅に向かって歩くにしてもどうせなら土手を歩いて散歩感を出そうと思ったのだが、川から吹き上げてくる風があまりにも冷たくてすぐに後悔した。

「うう…寒い…。土手ってこんなに風強かったっけ」

「そんな薄着で来るからですよ。…手袋もいります?」

「ううん、大丈夫」

ありがたい申し出だったが、手袋まで借りてしまっては一也くんの方が寒くなる。そう言って断ったのだが、一也くんは手袋を外し始めた。てっきりそのまま手袋を押し付けられるのだと思っていたのだが、予想外にも差し出されたのは一也くんの手の方だった。

「うん?」

「…手繋げばどっちもあったかいでしょ」

ふいに一也くんの口調が昔に戻った。返事をすることができずにいると、痺れを切らしたように一也くんに手を攫われてしまった。そしてそのままコートのポケットへ。一也くんの顔を見上げると、鼻の頭まで赤くなっていた。寒さのせいか照れなのかはわからない。

ねえ一也くん。本当にかっこよくなったね。

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