05

繋いだ手をぎゅっと握られた。心臓がバクバクと音を立てて耳鳴りのようにうるさい。もしかして私、すごく緊張してる?一也くんの纏う雰囲気に耐えきれなくて何故だか恥ずかしくて、彼から視線を逸らした。

「そういえば俺、なまえさんに文句言いたいことがあるんだけど」

「な、何かな?」

「前会った時は家から通える大学に行くって言ってたのに、何で遠くの大学に行ってんの?」

「一也くん、それは私の一存ではどうしようもなかったんだよ…」

「こっちの大学落ちたの?」

「ううん。頑張り過ぎて成績上がっちゃって、うっかり遠くの大学に入ることになった」

担任の先生からの圧力に勝てなかったと白状すると、バカなのか賢いのかどっちかにしてと呆れられてしまった。そんなため息をつかないていただきたい。

「あ、でもほら、関西だから甲子園観に行けるよ!電車でわりと近いし。だから一也くんが甲子園に出たらいいと思う」

「…そういう問題じゃないんだけど。なまえさんに約束を反故にされてんだけどなー、俺」

何とか適当に丸め込めないかなと思ったものの、案外根深くその恨みが残っているようで一也くんはぶすっと不機嫌になってしまった。というより、私が試合観に行くって言ったのをそんなに大事な約束だと思ってくれているとは。ちょっと感動。

「そりゃ、なまえさんが野球に興味持ってくれるの嬉しいし。何だかんだ幼馴染みのようで3つも歳が違うと関わり薄いから、どうにか糸口を見つけたかったんだよな」

「…糸口って?」

「なまえさんと一緒にいる口実」

ちょっと不貞腐れたように唇を突き出しながら一也くんが言った。とてつもない爆弾発言だ。私と一緒にいる口実?私と一緒にいたいって、一也くんは思ってるの?おうむ返しにそう問えば、一也くんはぴたりと歩くのをやめて私に向き直った。風が私の髪の毛を乱暴に靡かせる。繋いだ手だけが温かい。

「一緒にいたいって、思ってもいい?」

今度は確信できる。一也くんの頬が赤いのは寒さのせいじゃない。遠慮がちに紡がれた言葉とゆらゆら揺れる瞳は一也くんの不安を表しているようだ。
一方の私はといえば、一也くんにそんなことを言われて平気なはずもなく、一瞬で沸騰したように顔に熱が集まった。

「年下だし恋愛対象になるのかもわかんねーけど、俺はずっとなまえさんが好きだった」

好きだった。何となく雰囲気からそう言われる気はして身構えていたのだが、実際一也くんの口からその言葉を聞くと、そのとんでもない破壊力に胸を撃ち抜かれた。そんなのずるい。

「ずっと、って?」

「ずっと前。なまえさんはずっと俺の憧れのお姉さんで、初恋の相手」

言ってから、自信なさげにへにゃりと笑う一也くん。一也くんのそんな表情を見るのは初めてだった。彼はいつも勝ち気な表情で発言も堂々としているのに、今はその手がほんの少し震えてさえいる。初恋だなんてそんな可愛いことをこの歳になって言ってもらえるなんて思ってもみなかった。

じわりと温かい気持ちになった。傍で成長を見守ってきた。時には心配になることもあったけど一也くんは大きくなった。そしていつのまにか、私の知らない男の人になっていた。そんな一也くんを恋愛対象として見てるかどうかって?

「もう、かっこよく見えて仕方ないんだけど…どうしたらいい?」

「なまえさん…」

「一応成人したんだけど、高校生に手出して大丈夫かな?」

「合意の上なら問題ないでしょ」

ぐっと握る手に力が込められる。私も緊張していたのか、手のひらがじっとりと汗ばんでいることに気が付いた。「好きだよ」と囁けば一也くんは唇を噛んでぐっと眉根を寄せた。何だか泣きそうなのを堪えてる表情みたいだ。

「今どんな気持ち?」

「初恋って叶うんだって驚いてる」

ちょっと放心したように呟く一也くんが可愛くて笑えば、つられて一也くんも特大の笑顔を見せてくれた。

こうして私たちは、恋人同士になりました。

初恋ワルツ

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