風前の灯火
烏羽駅の近くにある交番に助けを求めようといつものように空間認識をして、そこに瞬間移動した――はずだった。
「え……?」
だが見えてきたのは先程と全く変わらない景色。
何かの間違いだと再び集中して空間認識をするも、自分の体がそこから移動することはなかった。
――瞬間移動が、出来ない……?
ここに来て突然の不調に、訳が分からず茫然と立ち竦むしか出来なかった。
「どうして、なんで……っ」
「超能力は万能ではないということだ。貴様の今の精神状態では使えるものも使えない。フッ、残念だったな」
逃げられなくて。と嗤った朝永さんに敵わないと戦わずして負けを悟った。
見抜かれてたんだ。接触感応で。
裏切られたショックも動揺も、立ち向かわずに逃げようとしたことも全て。
俺の行動はそれを考えた時点で朝永さんに先読みされている……。
震える足にこれ以上力が入らずガクンと膝から崩れ落ちた。
「翔斗」
呼びかけに力なく顔を上げると、いつの間にか朝永さんが目の前にいた。
瞬きを一つ。すると頬に何かが伝った。
「泣くな。貴様が今ここで死ぬのは弱いからじゃない。運が悪かった、それだけだ」
運が悪い、だと? 一体それはどれのことを指しているんだ。
多重能力者として生まれたことか、それとも――。
「……、イッ……!?」
考えていると不意にお腹に鋭い痛みが走った。
何が起きたんだとそこを確認して絶句する。
「……ぇ、……」
お腹に。包丁が。何で。背後から。誰が。
血がじわじわと広がっていく。額には脂汗が浮かび、息が荒くなっていくのが自分でも分かった。
ゆっくり、恐る恐る背後を確認するとそこには無表情の倉本さんがいた。
フッと短く息を吐いた彼女はズルリと容赦なく包丁を引き抜く。
そのせいで更に血の気の失せた体は自力で踏ん張ることも出来ず、倉本さんに寄りかかるしかなかった。
痛いというよりも熱い……。
殆ど力の入らない腕を何とか動かし、真っ赤に染まる鳩尾を押さえた。
遠のく意識を必死に繋ぎ止め、朝永さんを見上げる。
やはりというか、彼は嗤っていた。
「俺は本当に貴様を保護したいと思っていたよ。国から守ってやりたかった。それに嘘はない。だが……」
貴様は俺の敵になってしまった、と朝永さんが言った。
「て、き……?」
薄れゆく意識の中で、「俺は貴様の敵ではない」と最初に言われたことを思い出した。
でも――ああ、そうか。国や超能力犯罪者だけが朝永さんの敵じゃないんだな。
彼の邪魔をする者は、全員……。
「喰え」
そう言って朝永さんは自身のエクストラハーツ――黒い鷲を出した。
俺を喰らうつもりか。そうやって新垣さんたちも殺したのか。肉片一つ、残さずに……。
暗くなる視界。もう自分が目を開けているのか閉じているのかすら分からない。
ただ一つ分かったのは――。
「え……すと……ぁ、……」
目尻から零れる涙の感触だけ。