RE:START



 ふと気が付くと僕は真っ暗闇の中にいた。
 辺りを見回しても何も見えない。
 試しにと右手を眼前に持ち上げてみるも、それが視界に入ることはなかった。
 というかそもそも目を開けているのか閉じているのかすら分からない。
 僕は立っているのか宙に浮いているのか。起きてんのか寝てんのか――あ、さすがにそれは分かる。起きてるわ――まあ、分からないことが多かった。
 てかあれ? ちょっと待って?

「……え?」

 ――“僕”って、誰……?
 記憶喪失というものがこんなにも怖いとは思わなかった。ゾッとして冷や汗が頬を伝う。
 ……何も思い出せない。怖い。ここはどこ。僕って何。助けて。誰か。誰か――!

『え……すと……ぁ、……』
「えくすとら、はーつ……?」

 訳が分からないこの状況で、涙と一緒に出て来たのはこれまたよく分からない名前だった。
 しかしそれを呟いた瞬間、ふわりと誰かに抱きしめられた気がした。
 いや、気がしたじゃない。暗闇の中にそれとは違う黒が視界の端に映る。
 自分の姿かたちが見えない、自分で自分が分からない僕を大丈夫と抱きしめてくれたその黒は――。

「エクストラハーツ! 僕を、助けて……!」

 コクリと頷いたそれは呑まれそうな程の暗闇から一瞬で僕を助け出してくれた。





 エクストラハーツに瞬間移動で連れて来られたのは見たこともない河原だった。
 どこだこことキョロキョロと辺りを見回すと、ちょっと離れたところに渡り舟が浮いているのが見えた。
 それに乗るためなのか白い着物を着た人たちが俯き一列に並んでいる。
 そんなに乗りたいもんか? というくらい大勢の人たちがそれに乗れるのを待っていた。

 ふと僕も着物を着ているのだろうかと気になって自身を見下ろすも、着物どころか姿すらない。
 まるで透明人間にでもなったかのようだ。
 残念な気持ちになり目を伏せると、傍らにいるエクストラハーツが何かを見つけたようで徐に僕の奥を指差した。
 それに小首を傾げ、エクストラハーツの指の先を追う。
 そこには何やら鬱々と河原の石を積み上げている人たちがいた。

「何してんだ、あれ」

 趣味、な訳ないよな。不思議に思いそのまま眺めていると、どこからか鬼がやって来て彼らが積み上げた石を無慈悲にも破壊していった。

「ぇえええええ!? ちょ、おい……!」

 たまらず駆け寄ろうとするも、どうやってかエクストラハーツが僕を抑え込む。実体ないのに!
 無気力にまた一から石を積み上げ始めた彼らを見て、可哀想だと手伝いに行くんだともがいていると、不意に耳元で「行っても無駄だ」と低く落ち着いた声で言われた。

「誰だよ! ――って、エクストラハーツ!?」

 お前喋れるんかい! と勢いよく振り返ると、頷きが一つ。

「ここは賽の河原で、あそこに見えるのが三途の川だ」
「……はい?」
「彼らは親より先に亡くなったことを親不孝とし、罰を受けている。ああやって親の供養のために石を積み上げるが、無駄だ。終わりそうな頃に鬼がやってきて崩してしまう。あの石積みに終わりはない」
「そんな……」

 それじゃあの人たちが可哀想だろ、と思う前にお前意外と喋るんだなとか思ってしまった。

「だが、彼らはいずれ地蔵菩薩が助けてくれる」
「あ、そうなんだ。なら良かったー」
「お前はどうする?」
「は?」

 石積み集団の話から突然僕の話になった。

「お前もここで石を積み、地蔵菩薩が助けに来てくれるのを待つか?」
「は、え? ちょっと待って」
「それとも戦うか?」
「――は!?」

 エクストラハーツの言う事が何一つ理解出来ず頭を抱えていると、「戦う」という選択肢が出て来た。
 おいおいちょっと待ってくれや。戦うって……、何とだよ!

「ちょっと待てって! なんで僕が石を積まなきゃならないんだ! 死んでもいないのに!」
「何を言ってる。お前は死んだだろう。トモナガに裏切られ、そいつのエクストラハーツに喰われた」

 肉片一つ残されずにな。という残酷な言葉に、うまく息が吸えなくてヒュッと変な音が出た。
 僕が、死んだ? 親よりも先に? トモナガとかいう奴のエクストラハーツに喰われて?
 何度咀嚼しても飲み込めない現実に、発狂しそうになった。
 抱えた頭に爪を立てて、目を見開く。

「あ、あぁ……っ」

 エクストラハーツが教えてくれた僕の最期。それが切っ掛けとなったのか、散らばっていた数々の記憶が激流のように僕に流れ込んでくる。
 銀行強盗の人質にされたこと。テロ組織のテロ行為を命がけで止めたこと。超能力者の仲間が出来たこと。そして――。

「全部……思い、出した……」

 その人たちに、信じていた朝永さんに裏切られたこと。

「僕は……、俺は……、一体どうしたらいい……?」

 教えてくれエクストラハーツ……。そう力なく呟いた言葉に、エクストラハーツは「翔斗」と優しく語りかけた。

「何を選んでもいい。ここで終わることを望めば、少なくとも魂は癒される」
「……終わらないのを望めば?」
「厳しい道を進むことになる」
「それって朝永さんを止めろってことだよな?」

 戦えって朝永さんとだろ。と聞くと、そうだと頷きが返ってきた。

「俺じゃなくてもいいだろ。超能力者なんていっぱいいるし。……俺、死んでるらしいし」
「ああ、お前じゃなくてもいい。だが朝永の凶行に気が付いて、しかもそれに対抗できる超能力者がいつ現れるかは分からない」

 ――もしかしたら、そんな人間いないのかもしれない。
 エクストラハーツの言葉に俺はフッと自嘲気味に笑った。

「お前、俺に何期待してんの? 俺、もう死んでんだって。朝永さん止めるとか無理に決まってんじゃん。怖いしあの人」
「そうか、別に無理強いはしない」

 意外にもあっさり引いたエクストラハーツに「え、ああ、そうなの?」と戸惑いながら河原にしゃがみ込み、石を積み上げ始めた。
 いつ菩薩助けに来てくれるかなーとぼんやり考えていると、エクストラハーツが俺の前に立ち「ただ一つ言えることは――」と続きを話す。まだ終わってなかったのかよと呆れながら見上げた。
 そしてエクストラハーツが続けた言葉に目を見開く。

「おれは何があっても必ずお前の傍にいる、ということだ」
「……、は?」
「逃げる時も戦う時も。おれは決してお前を一人にはしない」

 そう言ってしゃがみ込んだエクストラハーツは、俺が2、3個積み上げた石に同じように積み上げていく。

「本当はこのまま泣き寝入りしたくないんだろう?」

 どんな顔をしているか真っ黒な影だから全く見えないが、ドヤってるその声音に唇を噛み締め俯いた。
 ああ、もうマジでムカつく。聞かなくったって分かってるじゃんかよ。

「……俺、朝永さんを止められるかな」
「分からない」
「ンな!? お前……ッ」
「でも、勝つまでやるだけだ」

 そう言ってエクストラハーツは積み上げた石を自ら崩した。

「行くぞ」

 立ち上がったエクストラハーツに倣って俺も立ち上がる。
 勝つまでやるって、俺をゾンビにでもする気かと呆れたが、もうゾンビみたいなもんだと諦めてため息をついた。

 気付くと河原に相応しくない洋風な扉が砂利の上にポツンと置かれていた。
 エクストラハーツを見ると、既に扉に向かって歩いている。俺もそれに続いた。
 そして扉の前に二人で立ち、お互いの顔を見合わせる。

「あのさ、行く前にちょっと聞きたいんだけど。どうやって俺を生き返らすの?」
「生き返らす、とはまた違う。生まれ変わるんだ」
「……、は?」

 生まれ変わるって何? まさか俺、また赤ん坊からスタート!?

「え、それドユコト!?」
「……分かりやすく言えば、強くてニューゲームということだ」
「は?」
「ゲームで例えるなら2週目。全ての記憶、力を引き継いだ状態で新しい“翔斗”として生まれ変わる」

 姿かたちが多少変わるかもしれんが、まあ大丈夫だ。と言って頷いたエクストラハーツに、顔を覆って盛大にため息をついた。

「意味分かんねーよ……。そんなこと出来んの?」
「出来るかどうかじゃない。やるんだ」

 それらしいことを言ってエクストラハーツが拳をグッと俺に突き出す。
 呆れながら俺も拳を突き合わせた。

「分かった。それじゃあよろしく頼むよ。黒斗影(くろとかげ)」
「は?」
「お前の名前。エクストラハーツじゃ長いし、呼ぶの面倒だから」

 そう言ってノブを掴むと、エクストラハーツが自分の名前にしっくり来ないのか何度も「黒斗影……黒斗影……」と、もごもご呟く。半目でそれを眺めていると、小さくではあったが確かに「黒斗影……!」と嬉しそうに言った瞬間があった。それに口元を緩ませる。
 気に入ったのかななんて思っていたら、「センスねぇな」と言われ「うるッせぇよ!!」と腹の底から叫んでしまった。