後悔先に立たず



 ふと目が覚めた。視線を動かすと辺りは暗闇に包まれていた。
 唸りながら枕元の目覚まし時計を掴み取ると、時刻は深夜2時。
 ベッドに入ってからまだ三時間しか経っていない。
 ゼノに来て一ヶ月。今までずっと朝までぐっすり眠れていたから珍しいなと、しょぼしょぼする目を軽く擦った。
 ふぅとため息を零し体を起こす。周りを木々で囲まれているここは不気味なほど静かだった。

「ぁっ……」

 ふと喉に渇きを覚え声を出すも、やはりというべきか、それはかすれていた。
 日中にやった特訓のせいだろうか。叫び声を上げたつもりはないが、何度も何度も声を出していた。
 
『エクストラハーツ出ろぉおおお! ふんぬぅううう!』

 その負担が今になって出たのだろうか。……いや、これはただ単に寝起きだからか。

 どうでもいいことばかり考えるのは外が静かで、今ここに俺しかいないからだ。
 朝永さんや倉本さん、伶や他のみんながいればそんなことを考える間もなく特訓だ。
 あの時出せたのが奇跡というくらいエクストラハーツは俺の前に姿を現さなかった。
 一ヶ月前――。怒りという感情で超能力が限界を超え、エクストラハーツが現れた。
 超能力は感情に呼応すると朝永さんは言った。だからそれを思い出し、身につけろと……。
 普通に無理な話なんだけどね。俺そんなにあんなに怒らないから。

 このまま二度寝をしようかお茶を飲みに行こうかで暫く悩み、結局お茶を飲もうと立ち上がった。じゃないと気持ちよく眠れん。
 一階にあるキッチンを目指し階段を下りて廊下を歩いていると、ふと食堂の扉が少し開いていることに気付いた。
 扉は開けたら閉める。それがここの決まりだ。
 誰かが閉め忘れたのか?
 まぁ無きにしも非ずだよなと扉を閉めるために近寄ると、中から物音がした。
 ――何者かが食堂内にいる。
 動きを止め、ゆっくりと視線を動かし状況を探った。
 扉の隙間から灯りは漏れていない。こんな深夜に電気もつけずに一体何をしているのだろう……?
 ないと思うが仮に泥棒だったら、念動力か瞬間移動のどちらかを使えばいい。
 だけどもし幽霊だったら……。ビクつく心を抑えゆっくりと扉を開いた。

 中には白石莉子、高坂しおり、その向かいに新垣慎也と菱丘昌宏が座っていた。
 四人とも、真っ暗闇の中で俯いている。不思議に思い暫く見ていたが、誰一人として動く気配がない。
 深夜二時に。異様とも言えるその光景に声をかけるべきか迷った。

 バクバクと心臓が激しく鼓動する。
 とりあえず電気をつけようと扉の隙間に手を差し込み、すぐ脇にあるスイッチを押した。
 すぐに食堂全体が明るくなる。その眩しさで目を細めるも一瞬。
 中にいた四人が勢いよく俺の方を振り返り、そして一斉に笑い出した。

「翔斗、何突っ立ってんだよ! お前もこっち来いよ!」

 深夜だというのに元気よく声をかけられた。「ヘアッ!?」と肩をビクつかせそちらを見ると、新垣さんが楽しげに俺を手招いている。
 それを見て他三人も楽しいよだの仲を深めようだのと言ってくる。その手には日中に買って来たのであろう缶チューハイが握られていた。
 こんな深夜に隠れるように酒盛りかよ……。
 呆れ果てるが、しかしそれなら電気を消していたことに納得がいく。
 伶や倉本さんを誘っていないところを見ると、断られたか最初からこの四人でと計画していたのだろう。
 どっちにしろ巻き込まれたくない。
 俺はドアノブに手を置きこの場を去ることにした。

「朝永さんにバレても知りませんよー。程々にしてくださいね」
「何言ってるの。翔斗くんも参加するでしょ?」
「え、マジすか。俺、お茶飲みに来ただけなんですけど……」
「このまま帰す訳ない」

 女子二人から期待の眼差しを向けられ逃げられなくなった俺は、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる新垣さんに向かって盛大にため息を零した。菱丘さんが「今のでめっちゃ幸せ逃げたな」と真顔で何か言っている。
 仕方ない。ちょっとだけ付き合うかと一歩踏み出したところで、背後から「何をしている」と低い声が届いた。

「と、とととと朝永さん!?」
「翔斗。貴様は寝ないで一体こんなところで何をしている」

 振り返ると眉間にいくつも皺を刻んだ朝永さんが音もなく立っていた。……ヤベェ速攻でバレた。
 言い訳、というか俺は酒盛りとは関係ないですと説明するより先に朝永さんが「貴様の声が響いていた」と迷惑そうな顔で言った。

「す、すみません……」
「茶を飲みに来たならさっさと飲んで寝ろ。明日に響く。……寝坊をしたらその時は、分かっているな」
「はい! 失礼します! おやすみなさい!」

 鋭い眼光で射竦められ、背筋をピンと伸ばした俺は敬礼をして瞬間移動で部屋に戻った。思えば最初から瞬間移動で行っていれば良かったのだ。
 喉の渇きなんてもうどうでもいい。今は一刻も早く寝なければならないとそれだけに集中していた。
 だから――。

「……フッ」

 気付かなければならない違和感に全く気付かなかった。
 誰もいない食堂を見て嗤った朝永さんを俺は知らない。