会うは別れの始め



「そういえば、これも説明しておかなくてはな」

 そう言った朝永さんの背後に突然真っ黒な鷲が現れ、翼を大きく広げたかと思ったら大人しく朝永さんの伸ばした腕にとまった。

「なっ……!?」

 なんじゃこりゃぁああああ!
 声にならず目を見開いて驚く俺を見て、朝永さんが鼻で笑う。

「これは多重能力者(エクストラ・サイキッカー)のみが出せる超能力の具現化――エクストラハーツという」
「えくすとら、はーつ?」

 またよく分からない単語が出てきた。

「ああ。貴様も出していただろう。俺のは鷲だが、貴様のは人型だったな」
「……あっ!」

 最初何のことかと眉根を寄せていたが、分かった。
 心当たりのあるそれに一つ瞬きをする。

「え、あれって超能力の具現化? なんですか?」
「ああ。多重能力者は個々の能力値が高いために、体への負担が凄まじい。放って置くと死に至る」
「え゛!?」

 予想外の言葉に思わず自分の体を抱きしめる。
 その反応を鼻で笑った朝永さんは何を喋るでもなく黒い鷲を空気に溶け込むように消した。

「し、死ぬって……じゃあ死なないためにはどうすればいいんですか!?」
「大丈夫だ。放って置くと言っても多重能力者は無意識下でそれを回避している。つまり個々の強すぎる能力を体内で一つにし、外に放出――具現化することで体への負担を軽減しているんだ。だがその代わりに自身が使える能力が多少弱くなる」
「へー……」

 待ってやめて。もう朝永さんが何言ってるのか分からなくなってきた。
 整理しよう。つまり多重能力者はもれなく全員超能重種で。
 一つ一つの超能力が強くてそれが体にめっちゃ負担で、放って置くと死ぬらしい。
 でも無意識にコントロールして具現化という形で外に放出しているから問題ないと……。
 なるほどわからん。

「エクストラハーツは限界を突破した時に現れる。が、意識すればいつでも具現化が可能だ。これの存在を知っている者は少ない。超常研究所の大野が言ったように、大半の人間が多重能力者は個々の能力値が低いと思うだろう」
「なるほど……。あの、一ついいですか」
「何だ」
「俺、昨日初めて具現化したんですけど、大野さんにはその前に個々の能力値が低いと言われました。具現化する前なら俺が使える超能力の能力値って高いはずですよね? でも……」

 でも俺、壁に埋められて抜け出すことすら出来なかったんですけど。と言う前に何かに気付いた朝永さんが口元に手を当てて神妙な顔つきをした。

「……なるほど。昨日は詳しいところまでは探らなかったが、そうか。体に異常をきたしていないところを視ると、うまく自身の負担にならない程度且つ暴発をしない程度には超能力をコントロールしていたと。それも無意識で……。フフ、おもしろい」

 目を閉じ、何やらブツブツと呟いている。
 暫くして満足気に笑みを浮かべた朝永さんは煙草を引き出しにしまい、「さて行くか」と俺を見て言った。





「翔斗」

 朝永さんと二人、会議室までの廊下を黙々と歩いていると不意に階段上から声をかけられた。男の声だった。
 ここで俺の名前を知っているのは前で同じく立ち止まった朝永さんと、彼の秘書だという倉本さんだけ。
 ならば一体誰が――。
 小首を傾げながら見上げると、テロ組織の一員で捕まったはずの伶が顔を綻ばせながらヒラヒラとのんきに俺に向かって手を振っていた。

「伶!?」
「ウィッス。昨日ぶり。元気にしてた?」
「何でお前……、捕まったはずじゃ……」

 そう言うと、階段を下りてきた伶が朝永さんに挨拶をして一緒に会議室に行くと言った。
 ゆっくりと歩き出した朝永さんに俺、伶の順でついて行く。
 肩をトントンと叩いてきた伶に何だと視線を向ける。

「俺、超常研究所の人間じゃないよ。あそこには任務で行っただけ」
「は? 任務?」

 眉間に皺を寄せ問いかけると頷きが一つ。詳しく話してもいいかと朝永さんに顔を向けた伶は、朝永さんから返事がないのに勝手に喋り出していた。
 そういえばこいつ、精神感応能力者(テレパス)なんだっけ。

「超常研究所の実際のテロ活動を目にし、それを証拠として押さえること。それが俺の任務だった」
「………。ここって一体……」

 伶から告げられたとんでもない仕事内容に目を剥く。
 足を止め訝しげに朝永さんの背中を見つめると、それに気付いたのか同じく歩みを止めた朝永さんがゆっくりとこちらを振り向いた。

「ここが何か。少なくとも貴様が思っているような会社ではないな」
「……じゃあ、ここは何なんですか」

 そう聞くと鼻で一笑した朝永さんは、右手側の扉を押し開きながら言った。

「警察が捌けない超能力犯罪を秘密裏に処理している――言わば超能力犯罪撲滅組織だ」
「翔斗、“ゼノ”へようこそ」

 笑って言った伶から視線を外し会議室の中を覗くと、倉本さんを始め数人の男女が机を囲んで座っていた。