同じ穴の狢



 朝永さんは引き出しから煙草を取り出して「吸っても?」と俺に尋ねてきた。
 あまり煙草は好きではないが、机の上の灰皿に吸殻がいくつも置いてあるのを見て仕方なく頷く。まあ、断れる訳ないんだけど。
 暫くすると部屋が煙たくなる。朝永さんはもう二本目を吸い出していた。なんて奴だ。早ぇ。

「催眠(ヒュプノシス)。それで俺は貴様がここに来るよう仕向けた」
「ヒュプノシス……?」

 唐突に放たれた言葉に訝しげに目を細める。
 それをさも可笑しそうに朝永さんは口端を歪めた。

「ああそうだな。一つ一つ貴様の疑問を解いていこう」

 そう言って音もなく口から煙を吐き出した。

「まず母親の記憶の改ざんからにするか?」

 その言葉にカッと目を見開く。口の中が急激に乾いた気がした。
 言いたいことがいっぱいあるのに、何一つ口から出ない。
 震える唇を一度噛み締めて気持ちを落ち着かせた。

「何でそれを……っ」
「俺は接触感応も持っている。直接貴様に触れずとも、貴様が何かに触れてさえいればそれを通して貴様の心情を読み取れる」

 そう言われてバッと周りを見回したが俺はただ立っているだけ。何も触っていない。

「――床だ」

 煙と共に静かに吐き出された言葉を拾い、恐る恐る視線を下に向ける。
 ゴクリと音を立て唾を呑みこんだ。
 この男は床に触れている足裏のごく僅かな面積だけで俺の全てを読み取ったのだ――。

「貴様は超能力者であるのに知らないことが多すぎる。全て説明してやるからまずリラックスをしろ。……翔斗。俺は貴様の敵ではない」





「貴様を安全且つ自然に保護する為にはまず母親の記憶から誘拐の事実を失くし、すり替え、そして俺が安心して預けられる存在にならなくてはならなかった」
「え、じゃあ朝永さんと父さんは別に……」
「知り合いでもなんでもない」
「……マジかよ」

 驚いて瞬きを数回。
 その様子を見て朝永さんがフッと口角を上げた。

「相手を意のままに操る――それが催眠だ」

 灰皿の上で三本目の煙草が揉み消される。
 朝永さんが換気の為にと自分の背後にある窓を開けたが、それでも煙たさは取れなかった。

「どうでもいいが、屋上で貴様の気配を消したのも催眠だ」
「え、ああ……」

 そういえばそれも疑問に思ってた。答えが分かると単純なもので、小骨が喉に引っかかってるようなそんな気持ち悪さがなくなった。

「あの場にいた人たち全員に、その、催眠をかけたんですか?」
「ああ。貴様が多重能力者だと知られたくなかったからな」
「なんで、ですか……?」
「……超能力者は超能重種、超能中種、超能軽種と能力値によってランク分けされている。超能重種がピラミッドの頂点に立ち能力値が一番高いが、大体の超能力者は中種以下だ」
「はぁ……」
「だが超能力を複数所持している多重能力者は超能重種と最初から決まっている。――これが何を意味するか分かるか?」

 その問いに分かりませんと素直に首を横に振った。

「個々の能力値が高いということ。だから国が放って置かないんだ。中種以下の超能力犯罪ならどうにかなる。だが個々の能力値が高い多重能力者が犯罪に手を染めれば並みの超能力者じゃ歯が立たない。公に多重能力者だとバレ、警察に嗅ぎ付けられでもしたら、貴様は一生国に監視され飼い殺されることになるだろう」

 暗く淀んだ目に見つめられ、息を呑んだ。

「現に俺はそうだった。……遠い昔の話だがな」

 切なさを感じる声音。
 外から入って来た風で前髪が揺れ、朝永さんがどんな顔をしているか見れなかった。