新春企画2018





勝運御守





Q、貴方は年が明けたら何をしますか?

「おれか?そうだなー、子供の頃だったらエースとサボと、誰が一番早く今年もよろしくって言えるかっていう競争したな!そんでその後すぐ今年は誰が一番つえーかって戦ってた!ししし!」

「わたし?わたしはそうね、お餅ついてたかな!子供の頃はあんまり裕福じゃなかったし…お餅っていいのよ、色々味付け出来るし、カビたら削ればまた食べられるし!…ちょっと、何その顔、食べようと思えば食べられるんだからね!」

「おお、おれか?おれは正月飾りだな!色々あるんだぜ、紙で作るやつとか木とか草で作るやつとか!ウソップ海賊団は皆手先が器用だったからなー、いや、おれ様が一番だけど!」

「おれも?…おれはそうだな、ガデット・デ・ロアって知ってるか?丸いパイみてぇなやつに小さな人形をひとつ入れて、切り分けて皆で食うんだ、人形が当たったやつはその年いい事があるってやつだよ、バラティエでは毎年食ってたな」

「アーウ!おれァ毎年、自分で作ったフランキー号の空砲を年明けの瞬間鳴らしてたぜ!アイスバーグにゃうるせえって随分怒られたが…トムさんは毎年笑って褒めてくれたな、いい思い出だぜ」

「おれはドクターに決意表明してたな!今年ももっともっと色々勉強して、すっげえ医者になるって!ドクトリーヌにも!まあ毎年せいぜい頑張りな、くらいしか言われなかったけど…な、なんだよ!褒めても何も出ねーぞ!コンニャロウ!」

「そうね、わたしは子供の頃は新年とか関係なく大変だったから…あ、でも毎年欠かさず日の出は見てるの、冬は空気が済んでいてとても綺麗で…とても美しいから、ついつい見入ってしまうの、ふふ、今年はナミでも誘ってみようかしら」

「わたしの番ですか、わたしは前の海賊団の仲間と、夜通し演奏会をしていましたね、冬の歌、新年の歌、一晩中通して騒いでもレパートリーが尽きる事はありませんでした…どれどれ、一曲聴いて頂けますか?ヨホホ!」



***



「おい」

皿を頭部に乗せたゾロが、展望台の屋根に声を掛ける。両手は梯子に掴まっているから、そうするしか運ぶ手段が無かったのだ。ロビンが気を利かせてタッパーを取り出す頃には、既にゾロがハシゴを登り始めていた、というのもあるのだが。

「…宴はどうした」

ややあって、展望台が応える。姿が見えないだけなのだが、こうしていると本当に船が喋っているようだ。さておき、その問い掛けにふとサニー号の庭で行われた宴の様子を思い浮かべたゾロは、く、と一つ喉の奥で笑った。

「半分潰れた」

「…そうか」

落ち着いた、しかし笑いを含んだ柔らかい声が転がってくる。上で音もなく人間が動いた気配がして、ゾロの頭頂部からそっと皿が退けられた。やっと自由になった首で上を向けば、逆さになった人間がすぐそこにぶら下がっている。黒よりも黒い、闇に溶け込む色をした男だ。顔の半分はマフラーのような布で隠されている。

「早々に抜けて正解だったな」

上がるか。半分隠れた顔で目を細めた男に、ゾロもにやりと笑い返した。

名前が皿を展望台の上に置いてくる。自分で上がれるという言葉を無視されたゾロは一本釣りの容量でこの忍びの男に引き上げられた。ったく、とひとりごちて周りを見渡してみれば、屋根の上には船上の明かりなど一つも届かない漆黒の闇が広がっている。名前の存在感の薄さも相まって、まるで一人取り残されたようだった。

「海に明かりが見えなければ」

背後から、名前の声だけが静かに聞こえてくる。どかり、とその場に腰を下ろして無言でもって続きを促せば、少し間があいて言葉が続いた。

「平和だ、どんな日でも」

どんな日でも。それは、今日も同じ、ということだ。まあ、確かにゾロも概ね同意見である。

「まーな、去年そうだったもんが今年になって急に変わるっつーのは稀なことだ」

今年、と言ってもまだ年が明けて三時間も経っていない。今日は元日。昨日までは既に去年と呼ばれるべき、節目の日だ。だが何が変わると言われても、日付の上で数字が多少変わりました、という事くらいしかゾロには答えられない。あまりそういったことには興味がないからだ。正月はうまい飯が食えてうまい酒が飲める。即物的な考えではあるが、ゾロにとって年が開けると言ったことにはそのくらいの価値しか見いだせなかった。周りに何が起きようと自分は成すべきことを成すだけなのだから。

それは恐らく、目の前の男も同じだ。

ワノクニによく似た、ナノクニ、という島がある、と言うのは、名前から聞いた事である。聞くに、そこがどうやらこの忍びの男の出身で。サムライが多くを占めるワノクニと違い、ナノクニでは殆どが忍者として生きている者ばかりだと言う。元々は傭兵だった名前をこの船に引き入れたのは派手好きで面白いもの好きな船長の一存だった。ゾロは名前を振り返る。珍しそうに皿に乗った洋風の菓子を眺める名前は、ゾロの視線に気が付いてそちらに目を向けた。

「お前は、年が明けたら何かしねぇのか」

名前が興味を示しているケーキのような菓子は、サンジが作ったものだ。名前はガデ…、何だったか、ゾロの記憶からは早々と姿を消してしまった。目を丸くした名前は、ふむ、と暫し考え込んでから口元の布を少しずらす。

「…習慣、というほどではないが」

ぽつり、と零した言葉が、白い煙になって闇に漂う。おもむろにごそ、と懐を漁ってから、名前は小さなちりめんの袋を取り出した。掌よりも小さな、巾着のような形をしている。その手元を覗き込めば、ぽい、とそれが一つゾロの胡座の真ん中に飛んできた。差し出した掌に、ぽとりと落ちる。

「これを作って、配る」

重さはあまりない。だが中に何か入っているようだ。柔らかい記事に金色の糸でなにか刺繍してある。作る、と言ったか。器用な男だ。目を凝らしてよく見れば、その刺繍は文字だった。

「…勝運、御守」

へえ、と感嘆の声を漏らす。お守りと言うやつだ。あまり行事ごとに興味がないだろうと勝手に思ってはいたが、なるほど新年らしいではないか。縫い目は見えないように生地を裏返しているらしい。ずい、とそれを掌に乗せたまま名前の方に差し出した。

「…意外だな、お前もこういう…」

「ゾロ」

ゾロの言葉を遮った声は、いつもより柔らかい。思わず口を噤んだ。珍しい。食事の時以外は顔を覆っている布が取り払われているからか、その表情がよく見える。ゾロが何も言えずにいると、名前がそっとゾロの手に触れた。長時間この痛いほど冷たい空気の中にいたのだ、名前の手は氷のように冷たかった。

「配る、と言っただろ」

一本ずつ、指を折り曲げられる。されるがままになっていると、ゾロの無骨な手が小さな可愛らしい袋を握りしめた形になる。どうやらゾロに贈られたらしいそのお守りを、少しだけ指を緩めて眺める。

勝運。ゾロは、神に祈らない。信じるのは己の身一つである。だが、この小袋を作ったのは、名前だ。なら受け取ってやってもいい。顔も知らない神に勝利を約束されるよりも、名前に負けるなと応援されたほうが俄然やる気も出るというものだ。ふ、と、ゾロの頬も綻ぶ。

「こんなのが無くてもおれは負けねぇが…ま、貰っとくぜ」

新年早々不遜なゾロの言葉に、名前は呆れたように片眉を上げた。そんな間抜け面が、やけに輝いて見える。眩し気に目を細めてから、ゾロはふと海に視線をやった。そしてほう、と息を吐いてから、名前に海の果てを示してみせる。

「…見ろ」

丸い日の緩やかな弧が、海を割るように登ってきた。静かで張り詰めた空気が、じわり、と暖かくなったように感じる。恐らくは錯覚だ。夜明け、日の出の時間は一日の中で一等寒い。だが闇を掻き分けるような光が、何故だが暖かく感じた。

「…いい年になりそうか」

ぽつり、独り言のように言った名前を振り返る。いつもは感情の読めない目が、光を含んでいる。

「…さァ、どうだかな」

く、とゾロは笑って、手元のお守りに視線を落とす。金色の刺繍糸が、初日の出を受けてきらきらと輝いていた。そうだ、輝いているのはあの太陽で、決して隣の名前自身ではない。横目で名前の様子を伺ってみれば、サンジ手製の菓子を手に取った所だった。









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