新春企画2018





家内安全





「帯はキツくねぇか?小銭入れは?五円玉は持ってンのか?」

玄関から出て来た所を思わず矢継ぎ早にそう尋ねると、艶やかな振り袖に身を包んだベビー5が不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。その様子を見てそうだったと思い直す。今年大学を受験するこの少女は、思春期と呼ぶに相応しい反抗期に両足を突っ込んでいるのだった。

「もう、若様、子供扱いしないで」

「…すまねェ」

ふん、とそっぽを向いてしまう彼女に、素直に謝罪の言葉を口にする。豆粒のような赤子だった頃から知っている少女が女性になっていくのを見守るのは本当に不思議な気分だ。

幾ら父親の会社を継いで周りから若様と呼ばれようと、義理人情にあつい父の優しさで傾きかけた経営を建て直して雑誌にカリスマと書かれようと、若者の前ではただのおじさんに変わりない。どこかばつが悪くて、ベビー5の着付けを終えて後から出てきたジョーラに助けを求めるように視線を送る。ところが何故かそのジョーラにまでも哀れな物を見るような目を向けられてしまった。

「はい、無くさないようにするザマス」

「ありがとうジョーラ」

ジョーラの手からベビー5の手にハンドバッグが渡る。小振りの、振り袖の桃色に合わせた可愛らしい色だ。今気が付いたが、サイドでアップにされて巻いた髪には桃色の鳥の羽根の髪飾りがあしらわれている。首の周りのふわふわとした襟巻も淡いピンク色だ。

ベビー5は年の割に大人びた容姿をしている。俺としてはてっきり彼女の普段着に多い黒の振り袖を選ぶかと思っていたのだが、選んだのはこの桃色の振り袖だった。晴れ着だからと普段あまり着ない色を選んだのだろうか。そう思うと、欠片も分からない乙女心が少しは理解出来たような気がした。

「フフフッ、似合ってんじゃねぇか」

着物の柄はよく見たら大輪の牡丹。立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花、とはよく言うが、立っていようが座っていようが、美しいものは美しい。そういった意味も込めて笑えば、一瞬目を丸くしたベビー5は、寒さからか赤らんだ頬を膨らませてつかつかと足早に距離を詰めてきた。

「それは一番最初に言うことよ!」

「若様は乙女心が分かってないザマス!」

「お?そ、そうか?」

女性に二人がかりで責め立てられて思わずじり、と身を引く。ただでさえ強いうちの女性陣に二対一とは分が悪い。とりあえずせっかくの晴れ着を写真に収めようとポケットから携帯を出した。

うちからほど近い所には、少し大きめの神社がある。正月には近隣住民だけでなく、遠くから集まる参拝客で賑わうその神社には、毎年初詣に行っている。今年も例に漏れず広い参道は人で埋め尽くされており、振り袖のベビー5は早くも人混みを掻き分けるのに苦戦しているようだった。

「何よこの人の多さ…」

神社近くの駐車場の看板。その前で二人して立ち止まった。広い臨時駐車場も車で埋め尽くされており、それだけでも人の多さが伺えるというものだ。そういえば俺は毎年来ているが、ベビー5はあまり初詣にはついて来たことはなかったな、と思い至った。

「毎年こんなもんさ…どうだ?足は痛くねェか?」

「うん、大丈夫よ」

と言っても、少し疲れた様子だ。座れるところでもあれば良いのだが、生憎そう言った場所は既に人で埋まっている。どうしたもんか、と思案しているところ、唐突に後ろから声が掛かった。

「兄上ー!」

その呼び方は、かなり昔にやめろと言ったはずだが。聞きなれた声に振り返れば、金髪の間から目を輝かせてぶんぶんと手を振っているいい大人がいた。元々上瞼を覆い隠す程長いロシーの前髪が、冗談のような派手さの帽子で押さえつけられている。赤地に白のハート柄だ。それは女児用じゃねーのか。いや、そんなでかい女児用の帽子はないか。

そんな二メートル近い長身の、俺と同じくおじさんが庭先の雪だるまのように着膨れているのは、恐らく隣の男の仕業だ。おれが保護者ですが何か、といったような顔をした若者、ローも俺達を見つけてにやり、と口の端を上げる。げ、と隣でベビー5から嫌そうな声が上がった。

「来てやったぜ、ドフラミンゴ」

「兄上!ベビー5!あけましておめでとう!」

「コラさん、あけましておめでとう!」

お互いに相手の名前を呼ばないベビー5とローは、まあお互いに思春期なのだろう。ベビー5の二つ上のローは既に医大生ではあるが、おれが見る限り生意気さとやんちゃさは小学生の頃から変わっていない。

ベビー5が足は平気、と言ったので、歩く速さを配慮しつつ鳥居をくぐる。人が多くても何処か張り詰めた空気を感じるのは、やはり神を祀る場所だからだろうか。人の多さに押しやられて、敷き詰められた大きな砂利に足を取られそうになる。

「うおっ!?」

と、真隣で悲鳴を上げるのは、もちろんロシナンテだ。長年そのドジっぷりと親しみがあるので咄嗟に腕を掴んで転倒を阻止する。目を丸くしてゆっくりと俺の顔に目線を向けたロシーに、思わず肩を震わせて笑ってしまった。

「フフフッ、新年初ドジ、だな」

「…はは、新年初助けだな、兄上」

そのまま二人で笑いながら進む。ベビー5は腕を組んだまま歩くおじさん二人のじゃれ合いに呆れ果てたように顔を歪ませたが、ローはロシーの反対側からどん、とおれに恐らくわざとぶつかって来た。それから手の甲に当たったローの指が一本、くい、とおれの小指に触れる。ローの方も小指なのだろう、する、と指に細いものがからんで来る。

「こっちの腕は空いてねェのか」

「…ロー」

そのまま小指を、指の腹で撫でられる。冬だというのにかさついている様子のない骨張った手は、子供の頃に嫌がる少年と繋いだふくふくとした幼い手とはかけ離れていた。ああ、この子供も大人になったんだな、とどこか感慨深さを感じて、同時に自分が老け込んだことも自覚してしまう。と、横から子犬の吠え声ような不満が飛んできた。

「ちょ、ちょっとロー!若様に触ってんじゃないわよ!」

「アァ?」

一瞬の出来事だったので止めようもなかった。まさに一撃必殺、と言うようなローの人睨みがヘビー5を射竦める。と思えばベビー5は既にロシーの腕にしがみついてさめざめと涙を流していた。これは幼い頃から変わらないな、と込み上げた笑いはそのままに、ローのふくらはぎを軽く蹴りつける。両手が嬉しいことにローとロシーに塞がれているからだ。

「痛ェな」

「フフフッ、新年早々意地悪をしてやるな、ロー」

そう言う割に全く痛くなさそうである。蹴られたので一応、といった具合のローの棒読みに諭すように言えば、一瞬目尻が面白くなさそうに釣り上がった。ので、控えめに握られている手をきゅ、と軽く握り返す。鋭い目が少しだけ丸くなって、それから、ローが顔を隠すように空いている手でキャスケット帽子の鍔を引き下げた。

「…別に」

意地悪なんて、してねえ。そうぽつりと零す罰が悪そうな様子は、ローも子供の頃から変わらない。はあ、とローとは反対側から、ベビー5のため息が聞こえた。

「もういいわ、早くお参りしましょう」

ほら、兄上。というロシーの声につられて前を見れば、もう本堂は目の前だった。両脇の二人の手が離される。おれも財布から小銭を二枚取り出して、財布を仕舞った。二礼二拍手一礼。暫し四人の間に沈黙が降りる。

「何を願ったんだ、兄上」

「あんまり欲張ると神様に呆れられるわよ」

顔を上げれば、横からロシーが尋ねてくる。おれの願いだけ随分と長かったらしい。そんなつもりは無かったのだが、見れば野次を飛ばしてきたベビー5もこちらを見ていて、反対側からローが無言で手を繋いできた。その様子を見て、顔が緩むのを感じる。神様に呆れられる、か。

「いや、おれの願いはもう叶ったも同然さ」

そう、おれの願いはずっと昔から決まってんだ。そう、ずっと昔から。おれはこれから炊き上げて新しく同じものを買おうと思っているお守りの入ったバッグを、人知れず撫でた。今年も、ファミリー皆が健やかでありますように、と。







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