殴り愛企画!



みやこわすれ
3



「はぁ…そのほっそい自転車でほんまにはよう走れんの…?」

ぴかぴかの赤い自転車の横で、石やんが胸を張った。ロードバイク、と言うらしいその自転車は、俺の横に並ぶママチャリと比べたら随分と身軽そうな見た目をしている。中学入学を期に親に買ってもらったと聞いたそれには、まだ傷一つない。その光り輝くようなロードバイクの横で、石やんが同じように屈託なく笑った。

「おん!原付よりスピード出るで!」

「げんつきぃ〜!?」

原付言うたらあれやんか。おう、あれや。誇らしげに笑う石やんが片手で支える自転車をまじまじと見つめた。材質は、鉄ではないのだそうだ。俺のママチャリが鉄でできてるのかと聞かれたらそりゃあ俺の知るところではないが、普通の自転車よりももっと軽い素材で作られている、ということは石やんから聞いていた。お前やるやないか、みたいな気持ちを込めて自転車を見つめていると、石やんが更に誇らしげに笑う。

小学校を卒業して、石やんはサッカーをやめた。やめた、と言うよりサッカーの代わりに自転車を始めた、という方が正しいだろう。俺はそのままサッカーを続けているので、中学でサッカー部に入る予定だし、高校はサッカーで有名な学校に進学するつもりだ。とはいえ、サッカーをやめたからって石やんと友達やーめた、なんてことにはならん。

「はぁ〜?ほんなら俺ふつうについていかれへんやろ…」

今日だって二人で遊ぼうって事になって、ちょうど集合したところだ。集合したところで、石やんが乗ってきた自転車に物珍しさが湧いたのだった。身近に自転車をスポーツで使う文化がないからだ。そりゃあ地元の京都伏見高校の前には毎年自転車競技部インターハイ出場、と横断幕が貼ってあるけれど、サッカー少年の興味の範疇ではない。

それに、サッカーを毎日練習してるやつのドリブルと、遊びでしかサッカーをしないやつのドリブルは違う。恐らく自転車にもそういった経験値や本気度の差が顕著に出るのだろう。そう思った俺に石やんは何でもないように微笑んで言った。

「いいや、ゆっくり回すし大丈夫や」

「なんやと、なめやがって」

「いやなめとらんよ、ナマエならママチャリでも十分はやいやろ」

足腰鍛えとるんやから。そうにっと笑った石やんに、当たり前だと笑い返す。そりゃあそうだ。サッカー少年は足腰を鍛えてナンボ。勿論他もちゃんと伸ばしているけど、やっぱり基本はそこだ。

「おー、俺のママチャリは新幹線超えるわ」

「それは道路走ったらあかんな」

けらけら、と笑う石やんに「冗談や」と苦笑する。全く、いつもツッコミが微妙にズレとるわ。

とにかく今日は石やんの自転車を見せてもらってから近所の駄菓子屋でカードを買う予定だった。カードゲームはいつまで経っても男のロマン。ほんなら行こうか、と自転車に跨った石やんを見て、俺もそれに倣う。ぐ、と一つペダルを踏み込んだら、石やんの自転車が大きく前に出て、思わず「え」と声を洩らしてその横顔を見た。

きら、と、横から見た大きな黒目に、光がたくさん含まれていて思わずふっと力が抜ける。なぁ、そんな顔、サッカーしてるときも見たことないけど。今までは何だったん。俺とサッカーしてる時あんなに楽しそうに笑って、楽しいなって言ってたのに。なぁ、あんなの比じゃないくらい、それ、楽しいのか、石やん。

「そんなに、速、」

一瞬気が抜けた俺の横を、真っ赤な自転車が風のように通り抜けて行った。父親が好きで、最近再放送を見ているアニメを思い出す。赤い彗星、シャアや。普通のザクの三倍速い。轟々燃える流れ星みたいに俺を一瞬で置いていった石やんの背中に、追い付こうとサドルから尻を上げた。けれど、そのまますとんと腰を下ろす。

「…アホか、無理や、そんなん」

きゅ、とママチャリのブレーキを握ってその場に止まる。それに気付いて疲れたんか、とこちらに声を掛けてきた。そんな訳ないだろう。持久力だってあるんだこっちは。でも一つ言わせてもらいたい。なんで、なんでお前サッカーやめとんねん。ほんまにアホちゃうん。









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