殴り愛企画!



お前が笑うからいけない
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机に突っ伏したエースからぐぬぬ、と嘘みたいな声が聞こえたので、マルコは珍妙な生き物を見るような目をしてしまった。事実食堂の真ん中でこれみよがしに沈んでいるエースは珍妙に他ならない。サッチの作った飯を口に運びながら、マルコは素知らぬ顔でエースの後頭部に尋ねた。

「飯食いながら寝んなよい、エース」

「…寝てねェ…」

よく言う。いつもは飯を食ってる最中突然机に撃沈して寝息を立て始めるのに。机にどころかピラフに顔を突っ込む事もしばしばだ。さて、そんなエースが、起きているのにテーブルとお友達になっているのは何故か、というと。

「ナマエか」

ナマエとは、この船の二番隊隊員。つまりエースの直属の部下に当たる。部下と言っても白ひげ海賊団は皆兄弟なのだから、厳格な上下関係はない。それはエースだって分かってはいるのだ。分かってはいるのだけれど、ナマエはどうにもこう、フランクすぎるところがあった。

エースは初めこそ、二番隊隊長になったことに対して不満があって、舐めた態度を取られているのかと思っていた。けれど、どうやらそれは違ったらしい。ナマエはエースのことが可愛くて仕方がなくて、ちょっかいをかけなければ気が済まなくて、甘やかさずにはいられない、ようだ。ぬるっと食堂の扉から入ってきたナマエに対し、エースはというと。

「うるせぇ、ほっとけ…」

これである。マルコは肩を竦めた。思春期を拗らせたのか、自立心が強過ぎるのか、エースはナマエに対してよく突っかかっていた。マルコやサッチなど他の兄達にはすっかり心を開いた様子なのに、ナマエだけは例外のようだ。ここ最近、ヘラヘラと絡んでくるナマエに対してキャンキャンと吠えまくるエースが、モビー・ディック号の名物になりかけている。そしてエース自身がそれを良しとしていないことも、マルコには分かっていた。

「難儀だねい、お前もナマエも」

「おれは難儀じゃねぇし、あんな奴しるか…」

そう言いつつも浮かない様子のエースが、僅かばかり身体を起こして頭の横の食事を眺める。珍しく食い気より色気らしい。今度こそ、今度こそナマエに素直に接そう、いつもそう思っているのに、エースの口は頑なだ。エースにだって素直じゃない自覚はあるし、周りからだって見ていれば分かるし、そして恐らくナマエにすら気付かれているのが情けないところである。

「あんな奴ってひどいな」

「ぎゃっ!?」

ガバッとエースが状態を起こす。振り返ると渦中の人物であるナマエがニコニコと立っていた。一体いつから、とマルコに視線を戻せば肩を竦められる。今唐突に降って湧いた訳ではないらしい。初孫を見る祖父のように目尻を下げて笑うナマエは、まだ二十代後半のはずだ。

「早く食っちゃえよエース」

「隊長って呼べよ」

忌々しげに歯をむいて食い下がるエースが、しかし素直にスプーンを取る。渋々といった様子で一口ピラフを運んだ彼の様子を見てお手上げ、といった動作を見せたナマエは、苦笑しながらエースの頭頂部を見下ろして笑った。

「分かったよエース隊長、ところでこの後暇か?うまい飯屋があるって島の人から聞いたんだけど、エースならそれ食ってもまだいけるだろ?行こうぜ」

行こうぜ、は疑問形ではない。頬杖をついて半目でその様子を眺めていたマルコをよそに、エースが目を輝かせてパッともう一度ナマエを振り返った。

「行く!」

「決まり、待ってるから食っちゃいな」

わしわし、と飯を食うエースの癖毛を撫で回すナマエに、エースがへへ、とふにゃふにゃ笑った。ナマエがエースの食事風景を楽しむために、彼の横の椅子に座る。何を見せられてるんだこれは、とマルコは遠い目をしてしまう。こんなことなら沈んでいるエースなんて放っておいてさっさと食堂を出てしまえばよかったのだ。

スプーンに山盛りピラフを盛ったエースがくあっと大口を開けて、それからそちらを眺めているマルコの視線に気がついた。少し硬直して、自分がどんな反応をしたか気が付いた瞬間、ボッと顔から発火する。

「いや隊長って呼べ!!」

煙の中から、ほとんど悲鳴のようなエースの怒声が聞こえた。確実に実の親の顔よりも見たいつもの流れに真顔になりつつマルコはその体勢を崩さなかった。そのマルコの仏頂面に、いたずらが成功した子供のように笑うアラサーがエースの顔を親指で指し示して言った。

「かわいいよな、おれのこと大好きなんだよ、こいつ」

「好、きじゃねェ!!」

「ごちそうさま」

「おれをおいてくなよマルコ!!」

食べ終わった皿を片付けるべく立ち上がったマルコを引き留めようと、首から上を依然発火させたままエースがぎゃあぎゃあと騒いでいる。ナマエの阿呆のような言葉にそのまま、好きだよ、と言ってしまえたらどれだけ楽か、エース自身も分かっているだろうに。けれどナマエの全部お見通しなような顔を見ると、何故だがエースの口は素直じゃいられないのである。









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