ドンキホーテ・ドフラミンゴが、陥落した。
やりあった相手は同じ七武海だった死の外科医、トラファルガー・ローと、彼と同じ最悪の世代、麦わらの二つ名を持つモンキー・D・ルフィだ。死の外科医の方はともかく、麦わらの方は身内の身内である。モアは目の前で快活に笑う海兵に溜め息を吐いて、思わず広げた新聞を握る手に力を込めた。
「困るんですよねぇガープ師匠、身内の手綱はしっかり握っておいて下さらないと…」
ばりん、とその男、ガープが煎餅を噛み砕く。それから得意げに笑ってモアに向けて一本指を立てた。
「ならお前はどうなんじゃ、モアよ」
「どういう事です?」
愉快そうに言ったガープに、モアが顔を顰める。もぐもぐ、と咀嚼した煎餅を飲み込んでからニヤリと笑みを深めてガープが言った。
「お前はドフラミンゴの手綱は握っておらんかったのか?」
はぁ、と理解が追い付かないモアが首を傾げる。ドフラミンゴはモアの身内でも何でもない。なのに何故自分が手綱を握る必要があるのか。片眉を上げて皮肉も込めた言葉でガープに答えた。
「…見ていませんでしたか?いつも操られていたのは僕の方だったでしょう?」
それに、ドフラミンゴはある日を境にとんと海軍本部に姿を見せなくなった。見る事があってもそれは最低限参加しなくてはならない会議や、会議を休み過ぎて七武海の立場が危ぶまれた時くらいだ。まぁ、そうなってしまったのはどうやら自分の責らしいと気付いた頃にはもうドフラミンゴとの関係は修復困難になっていたのだが。
「馬鹿者、そうじゃないわい、お主がドフラミンゴを七武海に引き留めておったじゃろ?」
その言葉に、今度は解りやすく眉間に皺を寄せる。モアはドフラミンゴを七武海の引き留めたつもりはない。そもそもモアがドフラミンゴと海軍との連絡役に就任してからというもの、ドフラミンゴを七武海に引き留める、という役割を果たした自覚が持てるほど程彼がその座を離れたがったことは無かったし、そんな素振りも無かった。上司の言う事の意味が分からず、取り敢えずドフラミンゴの姿を思い浮かべる。
「来たか、モア」
「フッフッフ、ようモア!」
「ん?どうしたモア」
「モアっ!モアモアモアー!」
そうしてすぐに頭を抱えた。
「僕のこと呼び過ぎじゃないかあの人…」
「ん?誰のことじゃ?」
「あぁいえ、なんでも…」
はは、と笑って誤魔化せば、ガープもそうか!と言って笑った。単純、純真なのも考えものだ。
あれだけ全面に好意を押し出されておいて、あれだけ好きだ好きだと叫ばれておいて、少しも絆されないほどモアも冷徹ではない。それどころか、あぁ、そうだ。くそ、とぐしゃぐしゃと金髪を掻き乱す。
「ガープ師匠、赤犬元帥殿とおれ、やりあったら生きて帰れると思いますか?」
ずずず、と今度は茶を啜るガープに問う。頭を抱えて卓袱台に肘を付いたモアの様子を見て、茶を飲み干したガープは真顔できっぱりと答えた。
「んー、無理!」
「…ですよねぇ」
あはは、なんて乾いた笑い声しか出ない。肩を竦めてそれから卓袱台に手をついて立ち上がる。もう帰るのか、とガープに尋ねられ、モアは苦笑して言った。
「書かなきゃいけない書類が出来ました」
一度自分から擦り寄ってきたくせに逃げられると追い掛けたくなるのは人間の性だろう。手の内に自ら落ちて来てくれたものをみすみす逃がすほどモアは間抜けでも愚かでもない。ならば、どうするか。網に引っかかって飛べない鳥を自ら捕まえに行ってしまえばいい。
さて、赤犬元帥殿が異動届を消し炭にせずに受け取ってくれるのは、何枚目だろうか。
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