脳内辞典



【お前】
5



「ユキ、邪魔」

「わ、酷え」

げし、とうつ伏せになっていた脇腹を蹴られる。まあ確かにベッドを占領していたのは俺だけど。蹴られた勢いのままごろん、と転がると、半分空いたベッドにのそりとナマエさんが乗った。

ここ、ナマエさんのひとり暮らしの部屋に一つしかないシングルのベッド。俺は床で十分ですって言ってるのに、この人はそれを良しとしないのだ。なんでも「せっかく筋肉付いてんだから湯たんぽやれ」とのことで。男二人で寝たら狭すぎて温まるどころの話じゃないのに。じ、と仰向けに寝たナマエさんの顔を見ると「何だよ」と目線が合わないまま返された。

「なんでもありませんけど」

ふーん。そう興味なさげに言ったナマエさんが、そのまま寝るつもりだったのか目を伏せる。が、すぐに目を開いて、がば、と上体を起こして俺の手元の携帯を取り上げようと手を伸ばしてきた。

「おい、そういや、勉強はいいの」

その手から素早く携帯を防御する。こら、と窘められようと、これは俺の所有物だ。ナマエさんから遠い側の手に携帯を持って、代わりに顔を近付ける。

「別にここでやらなきゃいけないほど切羽詰まって無いですよ」

「受験なめんなよお前、泣いても知らねーぞ」

「いってェ」

べし、と額を軽く叩かれる。悪態を吐いて抗議の意味も含めてその顔を睨み付けて、俺は唇を尖らせた。

「泣きませんよ、絶対アンタがいる大学に通うんで、割と余裕持ってますから、俺」

それで、ちら、とナマエさんの様子を上目で窺う。真顔のままのその人は、少しだけ意外そうな様子で二、三度瞬きをして、満更でもなさそうに「…あっそ」とまた身体を横たえて目を閉じた。

「お前は、ほんとうに俺が好きだね」

もう、なんですかその声。ナマエさんこそ俺のこと好きでしょ。






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