不可能なんかじゃない


  そんな事知ってる


あの後は昨日のカフェとは別の喫茶店で伝染病全集を使って花吐き病について調べた。片想いが綺麗なゲロとなって現れるその病気は、かかった奴は意外と高確率で死んでいる。そもそも、花吐き病が発症して助かる確率は、その恋が実る確率だ。どうやら嘘や同情では病は両想いと判断してくれないらしい。ひどいもんだ。

ジャスミンの花びらの入った紅茶を啜りながら続きを読む。恋を実らせる以外の治療法は、ない。見つかっていないのか、はたまたもともとないのか、ともあれ残酷な病である。ただ、まあ、恋が実ったら最後に銀色の百合が口からこぼれ落ちるのが、完治の印だとか。なんともまあ、ロマンチックだがはた迷惑な病気である。

「銀色の百合なんて、一生拝めねーなこりゃ」

はは、と苦笑して、ニット帽を外した。俺が吐いたバラの花びらを触らせる以外に周りに感染する方法は無いとわかったので、とりあえずアルコール除菌の無駄遣いはやめた。ただ、詳細が分かっただけ、病気と分かっただけ。なんの解決もしていない。キャプテンの顔を思い浮かべて、途方もない病気になっちまったなあと考えを巡らせる。

せめて俺が可愛い女の子であれば、それかキャプテンが可愛い女の子であれば。この際どっちでもいい、どっちでもないのだから。二人共海賊で、男で、そしていくら花咲いてもこの恋は実ることもないのだから。キャプテンは、女の子が好きだ。

「っぐ、ゲホゲホッ…」

ガタッ、とテーブルの脚を蹴ってしまい、ジャスミンティーを飲み終わったカップが揺れる。チャリン、と虚しい音が店内に響いて少しだけ注目を集めてしまった。ああすいません、と隣の客に声を掛けて、また口の中に現れた花びらに顔をしかめる。

もう、戻ろう。パタン、と重い本を閉じた。結局絶望の色が濃ゆくなっただけだった。本題も無駄遣いだ、いや、そうじゃないか。本はキャプテンにあげるんだから。あぁ、そうだ、おれは、キャプテンへの片思いを忘れるために船を降りたほうがいいのかもしれない。めちゃくちゃ怒られるだろう、なんせ理由が言えない。貴方に惚れて花びらで窒息しそうなんで船を降ります?馬鹿かとバラされて終わりだ。バラだけに。ははは、おれのばーか。

やけくそまみれになった思考で本たちを積み重ねる。喫茶店に入る前に空が曇っていたのを思い出して、まさか雨なんて降っていないよな、と通りに面した大きい窓から、外を覗いた。

「…はは」

数秒呆気にとられて、それから自然と笑い声が漏れる。なるほど、俺の人生は踏んだり蹴ったりだ。マスクを付け直して、強く咳き込む。もう隣の客に謝る余裕なんてない。

ボロボロと喉から溢れ出る花びらの圧迫感を感じながら、おれは窓から目を離せずにいた。いや、窓からじゃなくて、窓の外で、派手な女と腕を組んで歩く、キャプテンから。

もう夜も遅い。花の街にはそういった意味の花街もあるらしく、なるほどキャプテンも相手を見繕ってそっちの花街にしけこむのだろう。足の長いキャプテンが店の前を素通りするのもすぐだったから、おれは鉢合わせないようにと適当に買った本を手に取った。もう少し、ここにいよう。

手にとった本は、花言葉のはなし、という本。適当に開いたのは青いバラのページだった。

「…うっせーよ、枯れちまえ」

青いバラの花言葉、不可能、かなわない夢。噎せた時に出た生理的な涙が、瞬きでこぼれ落ちてマスクに染み込んだ。

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