不可能なんかじゃない


  こわい


とりあえず今日は風呂入って飯食って寝る。この青いバラと、自分の身に起こったことを調べるには少々時間が半端過ぎたのだ。ただ正直気が気じゃなかった。例えるのなら、誰にも知られずにピアスを開けてドキドキしてる思春期のような、おねしょしたのを母親に隠してる幼児みたいななんとも情けない気持ちである。

だって、おれが見たものと言えば、自分の口から入れた覚えのない青バラの花びらが出てきたということだ。おれがバラの花びらを吐いたのだ。誰かにばれたらと思うと怒られるのか引かれるのか笑われるのか、とにかく反応が怖い。キャプテンなんかに知られたら解剖されるかもしれない。

「っ、ケホッ」

ああでも、解剖された方が原因とか分かって良いのかもしれない。何と言ったってキャプテンは海賊としての通り名にも外科医、と入っているようにレベルの高い医者である。それにもし見たことのない症例とかなら、キャプテンも面白いんじゃないかな。

「ぅ、え…」

そんなことを思っているとまた一枚、青いバラの花びらが口からこぼれ落ちた。口を抑えて咳き込んだので手のひらの上に。やはりこの花びらの発生源はおれのようだ。口から花が出てくる病気なんて訳の分からないもの、調べようがあるのだろうか。というか俺はこんな病気、どこから貰ってきてしまったのか。思い当たることと言えば花のケーキだ。

…否、あんな人気店が病原体を含むケーキなんて悪意のこもったものは売らないだろう。そういたら今頃シャチにだって異変は起こっているかもしれないし、究極的なことを言ったらキャプテンにまでケーキを渡してしまったのだ。そうしたら今頃すでにおれはキャプテンに、何を食わせやがった、とばらばらにされている所だ。となると原因はケーキではない、のだろう。

(これから、どうしよう)

漠然とそう思った。原因が全く思い当たらないという事は、もしかしたら空気感染とか、そんな可能性もある。それなら、おれは今ここにいるだけで病原菌を発している存在だ。この船に乗っていて、良いのだろうか。船を降りることも考えねばなるまい。

船を、降りる。少し前の、キャプテンの笑顔が浮かんで、思わずむせ返った。出来るのか、おれに、この船を離れるなんて、そんな真似が。否、と頭の中で苦笑する。

俺にはもうこの船の他に居場所はない。俺の命を握っているのはキャプテンで、拾ってくれたのもキャプテンだ。おれはキャプテンの役に立ちたい。死ぬまでこの船で、キャプテンといたい。ごほ、とその考えを戒めるように咳が出たので、頭の中で他のクルーの顔も足しておく。いやお前らも大事だから忘れてないからごめんて。口から花びらが転がり出た感触があった。

とりあえず今日はこのことを隠し通すしかない。そう思うと、無性に自分が悪い事をしているように思えた。かた、と指先が震え、全身から血の気が引いていくような。何が害が分からないが、この奇病をこの船の中に蔓延させてしまうかもしれない。気休めでもいい、マスクをして口元を覆った。咳とかくしゃみでも危ないだろう。

明日、出来る限りの重装備で街に行こう。街で、調べるのだ。この病かもしれない症状のことを。この船には鬱陶しい程医者がいるが、その中の誰かに頼って現状を悪化させてしまったら世話のないことだ。

「っ、ハァ…ゲホッ」

その後から来た何人かのクルーに風邪かと心配されたが、ちげーよバカは風邪引かねーんだ、と笑って誤魔化すしかなかった。早く明日こい。

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