不可能なんかじゃない


  青いバラ


「…うまい」

「でしょ?」

よかった、キャプテンはパンよりご飯派だから洋菓子とかなんだこれペッてするかなって、少しだけ思っていた。さすがにキャプテンでもそんな事はしなかった。というか、このケーキが気に入ったらしい。目をキラキラさせながらちびちび食べていて、それがまるでもったいないと言っているようだ。気に入ってもらえてとても良かった。黄色い花びらも美味しいのか最初に試食のように食べて、それから立て続けに上に乗ってるやつを食べてしまっていた。好きな食べ物を最後まで残しておけないタイプだ。意外である。

「キャプテン、この島は花が多いですよ」

「だろうな、じゃなきゃ砂糖漬けなんてしねえ」

「さすが春島です」

「ああ」

遠回しに外に出ないかと誘ってみたが、あまり効果はない。おれが誘ってもいつもこうだ。遠回しに言うのじゃやはりだめなのか、でもキャプテンは直接的に外行きましょうやと言っても後で、かいやだ、の一点張りである。ん?二点張りかなこの場合は。

「あ、そうだ、そのフォークもこの島で買ったんですよ、形の残るお土産はそれで、ケーキは形の残らないお土産です」

「…高そうだな」

「キャプテンプライスです」

「なんだそれ」

怪訝そうな顔で細やかな模様入りのフォークを眺めるキャプテンに、思わず頬がほころぶら。フォークを初めて見た人みたいだ。いつもはとても知的で生意気で、人を食ったような態度をすることもあるのに素のこの人はいろいろなものに興味を持つ純粋な人だ、と思う。

ここまでで察することが出来るかもしれないが、おれはキャプテンを尊敬している。年上のジャンバールにだって使わない敬語を頑張って使っているし、体調を崩さないように外だって歩いてもらいたい。お土産も、島に着く度欠かしていない。そして同時に、ここまでで察することが出来るかもしれないが、おれは、キャプテンのことが好きだ。尊敬だけじゃなく、愛情の意味でも。

「それじゃおれ、買ってきたものキッチンに置いてきたんで部屋運びます」

「置いてから来ればよかったのに」

「バカですみますぇん」

「言ってねえよ」

「でもそう思ってたでしょうが」

「バレたか」

ふ、と笑ったキャプテンにイーッ、と歯をむき出しにして威嚇しながら部屋を後にした。ガチャン、とドアが閉まる。それから、被っていたニット帽をはずして、心臓の辺りで握り締めた。

「…なんだあれ」

俺の買ってきたケーキを美味しそうに食べていた。それだけでこんなに嬉しいのだ。そりゃ喜ばれたのは俺じゃなくてケーキだけど、それはいい。ケーキを選んだ俺の手柄ってことにしておいてくれ。だから、キャプテンをあんな顔にさせたのはおれだ、自惚れさせてくれ。ああ、率直に言うさ、なんだあれかわいい。胸苦しい。

「…っ、ゲホっ」

胸が苦しい。本当に。
思わず噎せて、慌ててキャプテンの部屋の前を離れる。別に意味はないがなんとなく見つかったら困るような気がした。何だろう、喉の奥に、なにか。そう思うが早いかキッチンに辿り着いて、俺はシンクの上で口の中に指を突っ込んだ。

「お、ぇ…っなんだ、これ」

出てきたのは、青い花びら。この島に来てからたくさん花を見たので、大きさと形から言って多分バラだ。ちょい前に食ったやつかな、と思ってはて、とそこて引っかかる。

「おれ、青いバラなんて食ってねえぞ…」

じゃあこの花びらはどこから来たのだろうか。なんてそんなこと、考えても答えは出るはずがないんだけど。俺はその時、自分の身に何かとんでもない事が起こったような気がしてきたのだ。

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