不可能なんかじゃない


  食べられます


「ジャンバール」

「イッカク、帰って来たのか」

船の縁を乗り越えて甲板に姿を表すと、ジャンバールが釣りをしていた。ここは船底を擦らないようにそんなに浅くない場所だから魚が釣れるのかもしれない。
船に帰ってきたのは俺一人だ。シャチは途中二人で歩いていたらペンギンに遭遇して回収されていった。どうやら買っていた荷物をペンギンに持たせたままはぐれていたらしく、あいつは相当おかんむりだった。この前カップを割ったとか新しい下着だとかちょこちょこ買っていたらしく、ベンギンが自分用に買ったワインの底で頭を強かに殴られていた。痛そう。

「ああ、美味そうなもん見つけたから、船番さんに」

そう言ってジャンバールにピンクの液体と赤いバラの花びらの入った瓶を投げ渡す。酒か?と首を傾げられたので含みを持たずラムネだ、と答えると珍しそうな顔をされた。

「これは…花ごと食べても平気なのか?」

「食用らしいよ、花もうまいぜそれ」

「なるほど、ありがとう」

「どいたま!」

ジャンバールは見た目こそベポより熊のような奴だが本当は気のいいやつだ。元々海賊船の船長をやってたから人の扱いもうまい。俺も年上とか気兼ねせず話す事ができてとても良い関係だと思う。

「んじゃあ、おれ戻る」

「ああ、船長か」

「うん、お土産」

ジャンバールが俺の手元の白い箱を見て察したようだからひらりと手を振って船内へ歩く。さっきのケーキ屋で買った花びらケーキだ。黄色い花びらがチョコクリームに踊る様子になにこれかわいいキャプテンみたい今回これにしよ、と自分でも注文して、シャチとテラス席に座りながら男二人で虚しく食べた。のだが、ケーキの味は虚しくなく、いつの間にか少し居辛かったその可愛い感じのカフェで、まるで常連のように談笑してしまった。きっとキャプテンも喜んでくれるだろう。キッチンから一番シンプルな皿を選んで、そこにケーキを乗せた。

「こんこんこんこん、キャプテン」

「口でノックを言うな」

「両手が塞がっている所存です」

「何だバカ」

「バカとはなんですかバカとは」

ガチャ、とキャプテンの部屋の重い扉が開く。今まで俺が出かける前の漬物石みたいな本を読んでいたのかお疲れの様子だ。なら調度良いのでは、と一切れサイズのケーキを載せた皿をテーブルの上に置く。

「お土産のケーキです」

「花が乗ってる」

「花も食べられます」

「おれはケーキのスポンジが嫌いだ」

「生チョコケーキなのでそんなにスポンジないです」

「食べる」

「どうぞ」

確認事項のように単発の会話を済ませ、やっとキャプテンがフォークに手を伸ばした。パンが嫌いな船長に、スポンジをふんだんに使ったケーキなんて、おれが買ってくるわけないのに。頭がいいのにバカだなあ、船長は。

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