不可能なんかじゃない


  花びらの砂糖漬け


春島だからか、やはり温暖な気候だ。かと言って太陽の光が強いわけではないので太陽の光浴びたら死んじゃう!というようなキャプテンでも安心だろうに。いやキャプテンはドラキュラじゃないけど。

この島には花が咲き乱れている。花屋には目移りするほど色とりどりの花が所狭しと並んでいるし、全然関係ない八百屋とかでも店先に花が並んでいる。この色鮮やかさには圧巻、それに尽きた。

「すげえなー、なあんか絵の具ぶちまけたみてーだ」

「この島の女の子への定番のプレゼントは花で決まりだな!」

「なんでお前いんのペンギンは?」

「はぐれた」

ペンギンが目を離した隙に奴とはぐれてしまったらしいシャチと街をだらだら練り歩く。キャプテンをしつこく外に誘ったからって別にこの島の特定のどこかに興味があったわけではない。まあ一人で食べ歩きしてどっか土産物屋か雑貨屋でも寄ろうかななんて思ってたくらいだ。

「…非常に気が進まないけどカフェとか入る?」

「デートプランみたいなのやめろよ」

だよなあ、とシャチの嫌そうな顔を一瞥して苦笑する。正直シャチももう突っ走ってメインストリートの端から端までざっと見て帰ってくる途中で俺と出会ったのでもう大抵のものは見たらしい。先走って何でも楽しみをどんどん味わっちゃう奴はたいてい後半つまらなくなる、シャチは典型的なそれだ。

まったく忙しい奴だ、と思いながら近場のショウウィンドウにちらりと視線をやる。するとまあ、珍しいものが目に入った。

「お、すげーぞ、花食えるらしい」

「は!?なんだそれ!」

どことなくつまらなさそうに前を見ていたシャチがおれの方に振り返る気配がする。というのもおれは珍しいその菓子に目が釘付けで、ショウウィンドウから目を離していないからである。

バラの砂糖漬け、俺達には聞き慣れない言葉だった。海賊なんてやってる奴らがそんなもんを日常船で食う訳がなく、というか花を砂糖漬けにするというのも食べるというのも考えもしなかったことである。

「バラのケーキ、バラの紅茶、はあー…」

白いフワフワした生クリームの上にこじんまりと咲いたピンクのバラや、蔦を模した飴細工とのコラボレーションに今度はシャチが釘付けになっていた。単純である。似合わない様子に思わず笑いをこらえようとしてにやりとした表情になってしまうが、その俺に何かがぶつかって来たらしくどん、と衝撃があった。

「っと、失礼」

「すみませ、っゲホゲホ…ッ!」

「ああ、大丈夫ですか、すみません…」

ボーッと食品サンプルに食い付いているシャチの後ろで、もう少し道側に立っていた俺は女とぶつかってしまったらしい。そんなに強くぶつかった気はなかったのだが(というか、俺は突っ立っていた)彼女にとっては結構な衝撃だったらしくむせ返っていた。

「ゴホッ、いや、大丈夫です、不注意で、すみません」

「いやいや、こちらこそ突っ立ってお邪魔してしまったようで…」

すみません、と頭を下げると女は恐縮した様子でぺこりと一礼して、また人混みの中に紛れていった。申し訳ないことをした。おれはぼんやりと、その背中を見送った。

「…?」

その後ろ姿からひらり、と紙切れのようなものが舞った。落とし物か、とほぼ反射的に掴み取る。肌触りは紙ではなかった。しっとりとした生き物の感触、ももいろの艶々したそれに、なんだ、花びらか、とそれを空中に逃す。この街では見慣れたものだった。

「イッカク!俺は決めたぞ!花ケーキ食おうぜ!!」

「ゴフッ!?」

花びらを見送っていると、ドムッ、と背中に女性とぶつかった時の比ではない衝撃が走る。振り返ると意を決したような表情のシャチが花ケーキを指差していた。お前背中平手打ちはやめろ。

「男二人で花ケーキとか泣けるわ」

「うるせっ!」

うわー、とシャチに苦言を呈すると、こいつもそれを気にしていたのか少し不本意そうな顔だ。ははは、と笑ってカフェのドアを開けて、うまかったらこのケーキを土産にしよう、と黄色い潜水艇を思い浮かべた。

あれ、でもおかしいな。さっきぶつかった女、花なんて、持ってたっけ。

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