不可能なんかじゃない


  晴れわたる


「おおー、快晴快晴!」

久し振りに降り立った島だ。おれは猫背にひん曲がった背中をぐぐっと背伸びをして、肺いっぱいに空気を吸い込んだ。深海も悪くはないがやはり島についた時の天気は晴れているのが一番気分が良い。

「イッカク!一緒にお店まわろーよ!」

「いやベポお前買い出し当番じゃねーか!」

「あっ!そうだった!」

いけないいけない、と船内に引っ込んでいく白熊の背中を見送り、おれも続々と降りていく仲間を尻目に反対方向へ歩いて行く。と、途中で帽子の男に声を掛けられた。

「イッカク、お前船番だったか?」

「いんや、キャプテン様に声掛けてくる」

「あぁ、程々にな」

「ペンギンくんもバカのおもり頑張れよ」

「だーれがおもられる側だだれが!」

「うっせシャチ」

ははは、なんてあっけらかんと笑い、おれは船内に歩みを進める。カツカツと革靴を鳴らすわけでもない、黄色の蛍光色のスニーカーだ。つなぎと相まってこういう靴が一番動きやすくてよい。そしてこの潜水艇の船長、トラファルガー・ローの私室へと足を運んだ。こんこんこんこん、とノックを四回。

「船長、おれです」

「入れ」

はあい、がちゃ。返事をしてドアを開ける。キャプテンはソファに腰を沈めて漬物石と張りそうなくらい重そうで分厚い本を読んでいた。医学書か何かだろう。
この人はさっきまで浮上と接岸の指揮を執っていたくせにそれが終わったら解散を言い渡してすぐに自分の部屋にこもる。いつもはこんなに自室にこもることは無いのだが、島についた時は顕著にそれが現れる。外なんて嫌いよ日光浴びたくないわ、という美白な深窓のお嬢様みたいだ。

「せっかく島ついたんですから外行きましょうよ、なにか欲しい物あるかもしれないじゃないですか」

「俺は今本を読んでいるんだ、お前は行けばいいだろ」

「キャプテンは日光を浴びてください」

「今はいい」

この頑なさには毎回肩をすくめるしかない。ペンギンが程々に、と言っていた理由もこれだ。おれが何回声を掛けようとキャプテンは殆どてこでも動かない、と言った様子で本を読んでいる。本当にこの分厚い本が重りになって動けないんじゃないかなってくらい、是が非でも外に行こうとしない。

「今回は春島です、気候もいい感じですよ」

「これを読み終わったら行く」

「今行きましょうよ」

「いやだ」

「…わかりましたあ」

ちえ、と唇を尖らせながらおれが押し負ける。毎回キャプテンは島の散策はそこそこに、本屋で医学書を買ってすぐ船に帰るのだ。たまに他のクルーと酒を飲むこともあるらしいのだがお前らどうやってキャプテン誘ったんだと聞きたい。この人こんなに頑なに外出ねーのになんでだよ何で釣ったんだよ達人かよ。

やれやれ、今回もおれはキャプテンを釣れ出すのに失敗してしまった。全くもうつれないわねっ!なんて思いつつひと声かけて部屋を後にする。あーあ、と潜水艇の中を歩きまわってまた甲板まで出る。

「お、ジャンバール、そいや船番だったな」

「あぁ、出かけるのか」

「まーな、今日もキャプテン連れ出すのは失敗!」

へへっ、と破顔一笑して、なぜか不思議そうな表情のジャンバールにひらひらと手を振ってそこを通り過ぎる。しょうがないからいつものようにキャプテンと船番、つまりジャンバールになんか土産でも買って帰ろう。キャプテンの部屋は殺風景だから、また観光地土産みたいなミニチュアでもいいしキーホルダーでも。ああでも、医学書だけは正直訳分からんからやめとこう。

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