不可能なんかじゃない


  臆病者の独白


イッカクが、病に掛かった。治らない訳ではないが、本人は不治の病、と自称している。馬鹿を言え、と一概に笑い飛ばすことはできない。もちろんそれはおれがしっかりと病気の概要を知っているからである。

花吐き病。片思いの相手と思いを遂げなければ治らないという病。厄介極まりない病だが、光明はそこしかない。身体の内部も見たし後ほど血液検査、尿検査エトセトラ、思いつく限りの検査もしたのだが花吐き病を発症してからとそれ以前で花を吐く以外の身体的変化は無かった。だから他からの干渉で治すことができる病ではないということは火を見るより明らかだ。だから、イッカクが片思いを成就させるしかない。

幼馴染でも娼婦でも、女海兵でもないという。それなら一体誰なのか、という事になるから、もしかしたらどこぞの女海賊かもしれない、それか全くの一般人、ということもあり得る。若しくはイッカクが最初から嘘をついている可能性もあるかもしれないが。

それでも、イッカクが生き永らえるなら、それでいい。どこの女でも、もし万が一男でも、おれはそれでいい。だからあいつが苦しんで花を散らしながら思う相手が誰でも、その気持ちを尊重してやればいい。

確かに内科ではないが医者のおれが治せないものをイッカクの思い人が治すことが出来るというのなら、おれは医者として、船長としてそいつを脅してでもイッカクの命を助けることを優先する。

と、建前は、こうだ。

建前、という言葉を調べてみると表立った考えだとかそんな意味だが、なるほどその通りだ。今まで述べた医者として船長としての云々はこの際別としてこれから物を言おうと思う。

イッカクが誰の事を思い胸を焦がしているのか、何に悲観して青い薔薇なんていう結構な花言葉を持つ花を吐いているのか、そもそもどうして最初から告白もせずに諦めたような格好をしているのか。おれには分からない。

分からない、と言いつつ、おれも逃げている。

一見お調子者のあの男がそんな風に命を削るほど真剣に恋い慕う相手が、自分であればいいのにとあるはずもない空想に耽るほどおれは臆病になっている。告白すれば良いだろう、と無神経に言う自分は、さっさとイッカクが好きなその誰かとくっつけばいいなんてそんな自暴自棄な考えで言っている訳ではない。不可能という前提で恋をしているなら、さっさと玉砕しておれに付け入る隙を与えてくれればいいのに。そんな狡賢い、誰も幸せにならないひどいことを願っている男だ。

逃げているのだ。誰のものでもなかったイッカクが、クルーという立場で言うならおれのものというのが一番しっくりと来ていたイッカクが、誰かのものになろうとしている可能性から。

正面から勝負しようという気がないではない。イッカクが女であれば、それかおれが女だったらまだ勝算が無きにしもあらず、と言ったところだったが相手は男だ。あいつがおれのような、自分より身長の高い万年仏頂面な海賊男を好きになるだろうか。キャプテンキャプテンと慕ってはくれているものの、だからといってそれが恋愛感情に繋がるかと言われたら、そうではないだろう。

なによりイッカクを混乱させるような真似もできないし、船長のおれが相手だ、断りづらいだろう。もしそんな感情から妥協しておれを選んだとしても、あいつはおれに愛を囁かれながら誰かに焦がれて花を吐き続けるのだろう。

そうなってしまったら、きっとイッカクは命を落とす。

それならおれは、船長でいい。医者でいい。浅ましい思いを抱いてあいつを見続けるなら、おれは全てから逃げ出してイッカクをサポートし続ければ、それでいい。命の恩人にでもなってあいつが一生おれを忘れなければ、それでイッカクが誰かと幸せな人生を歩むとしても。建前を本心と偽ってこのまま経過を見守って完治まで持っていければ。イッカクがこの船で生きてさえいれば。

おれはもう、それでいい。




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