不可能なんかじゃない


  おれを許さない


「なるほど、それでトラファルガーさんがこちらに」

ふむ、と女性が斜め上を見上げて思案した。彼女の的確な処置によって過呼吸になるまで噎せたおれは落ち着かされてもう平常通りにまで話せるようになった。あの喫茶店には一言謝って店を出て、おれの青い花びらを見て専門分野だと苦笑した彼女と今は別の店に二人で滞在している。

「あ、いえ、キャプテンがそれについて貴方の病院に聞きに行ったのは恐らくおれが発症する前です」

洋食のレストランの個室に陣取って、おれはカーレンと名乗った女性の話を一通り聞いた。キャプテンが病院に風土病について尋ねに行ったこと、院長の代わりに彼女が対応したこと、彼女と夕食を食べに表通りを歩いたが結局店には入らなかったこと。以下の事を聞いて、おれはここに来て重大な勘違いに気が付くことになった。

カーレンさんは見た目こそ派手だがカウンセラーという職業で、別にキャプテンと一発しけこもうだとか、本当は娼婦だとか、そんなことはなかった、という事だ。それどころかキャプテンはこの女性に万が一クルーが病気を拾ってきた場合の対処法を聞いていたのだ、元を辿ればそれはおれ達ハートのクルーのためにほかならない。きっと今回だけではない。いつも船を降りてわざわざ風土病を調べに医療施設に行っていたのかもしれない。

おれはなんて低俗な勘違いを、と思わず自分に失笑する。

勝手に船長とカーレンさんを結び付けて、挙句ちゃんと働いている女性を娼婦扱いだ。人の嫉妬とは醜いものだ。いや、人ではなく単におれが醜いだけなのかもしれないが。

「それにしても、青い薔薇、ですか」

カーレンさんの表情が曇るのに対して、おれは苦笑する。この花の花言葉なんてもう口にせずとも分かるだろう。青い薔薇は自然には生えない。その花を表す言葉といえばただ「不可能」「かなわない夢」そんなものばかりだ。

「おれに合った身の丈だと思いますよ、もともと、成就するとは思っていませんし」

「…私は直接花吐き病を治すだとか薬を処方するとか、直接病に干渉することはできません」

しかし、と言葉を続ける彼女にまっすぐ見すえられる。思わず怯みそうになる目にきっとキャプテンと対等に会話したんだろうな、と思い至る。キャプテンにはこういう人が似合いなのではないだろうか。

「それでも、自分の気持ちは正直に伝えたほうが良いのではないか、という事くらいは言えます」

そうしておれにはきっと、もっと馬鹿で小さくて明るいような女の子が、お似合いなのだろう。

「…その事に関しては、もう大丈夫です」

ポケットから小銭入れを取り出したおれを、カーレンさんは心配そうに見上げた。コーヒー代で少しお釣りが来る程度の金額を置き、カーレンさんに頭を下げる。

「ありがとうございました、どんな結果になろうとしっかり自分の気持ちを伝えてみようと思います」

そうですか、と気の抜けたような返事が聞こえる。まずは自分の気持ちをぶつけてみないとどんな方向に転ぶか分からないのだから当たり前だろう。テイクアウトした土産のチョコレートケーキを手に取り、挨拶もそこそこに、喫茶店を出て帰路につく。そうして、歩きながら考えた。

おれはやっぱり、キャプテンのことが好きだ。

おれ達クルーのために毎回病院に調べ物に行くのは意外だったが、キャプテンは元々優しいところのある人だ。パンが嫌いとか梅干しが嫌いとか子供っぽいところもあるし、たまに無理難題を押し付けてくる横暴なところもあるけど、それで滅茶苦茶やってるおれ達を見て珍しく腹を抱えて笑う時の笑顔が可愛い。

たまに夜中魘されてることがあるらしいから目の下に隈があるんだが、それだけじゃなくて夜突然読み始めた本の続きが気になって眠れなくなって更に隈が濃くなるっていうのも可愛い。自分を曲げないように見えて意外と周りのノリに自然に流されるのが可愛い。

戦闘の時、ちゃんと能力を使うのも無駄に相手を傷付けないようにしてるからだし(戦いやすいってのもあるのだろうけど)そういう医者としての信念を持ってるところは、格好いいけれど。総じておれは。

「…好きだなあ」

ぽつり、とそう呟いた。おれはキャプテンの事が好きだ。そしてそんな、キャプテンの手を煩わすおれ自身が許せない。それほどまでに彼がクルーの為を思っているのに、クルーのおれが彼の目の前で死ぬ事なんて許されるはずがない。

だからおれは、船を降りる。その気持ちを伝えるためにキャプテンのもとに帰ることにした。




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