不可能なんかじゃない


  蹴落とせ


「あー!恋してえー!」

「すればいいじゃん」

隣でシャチがうだうだしながら机に体を預けたながら言う。おれは呆れて、はあ、と溜め息を吐きながらそいつに向けてカードの背を見せてカードを一枚引かせた。所謂ババヌキである。姿勢のせいでシャチのカードの中身は丸見えだが、数字ばかりでババは持っていないし、おれはシャチに引かせるほうだからどうでもいい。つくづく人畜無害なやつだ。

「分かってねーなイッカクは、恋なんてしようって思ってするもんじゃねえんだよー、恋ってのは…」

「何でもいいから早く引かせろよ」

イルカが額に血管を浮かせて、鼻を膨らませて語るシャチに言った。うい、とシャチがイルカにカードの背を向ける。イルカからもシャチのカードの中身は見えていたのではないだろうか。スペードのキングをその手がさらっていった。恋についての熱弁を中断されたシャチは、もう一度得意げに語り出す。

「恋ってのはな、堕ちるもんなんだよ」

その言葉に、ふとキャプテンの不敵な笑みが浮かんだ。それに答えるようにふ、と微笑み、マスクを口元に引き上げる。得意げに人差し指を立てたシャチに、はあ、と溜め息を吐いてみせた。

「…ちげーよ、お前やっぱり童貞だろシャチ」

あんだと!?とシャチがガタッ、とテーブルを揺らす。ベポのマグカップがカチャリと音を立てて揺れたのを見かねて隣のイルカがシャチを叱りつけた。それからペンギンがベポから一枚カードを引き取って二枚テーブルの中心に捨てながら言った。

「やめてやれイッカク、童貞でも恋はしたことあるのかもしれないだろ、童貞でも」

「おれのこと童貞確定すんのやめてくれる!?」

「えっ、違うの?」

おれとペンギンとイルカ、三人でそう重ねれば、キィッ!と歯を食いしばった。はは、と笑いながらペンギンの手からカードを抜いて、現れたハートのエースと手元にあったスペードのエースをぽい、と捨てた。カードは残り三枚。

「でもさ、実際多分違うからな、おれは違った」

ふと、その話題を掘り下げれば、ペンギンは押し黙った。帽子の鍔の下から見上げてくるその目はどこか、憐れむようなそれだった。やめてくれ、おれはキャプテンを好きになった事を後悔しちゃいない。寧ろもう、治らないことも覚悟はしている。けほ、と一度咽る。

「恋というのはだね、童貞のシャチくん」

「終いにゃ泣くぞ?」

はは、と思わず笑う。童貞童貞言うがこいつは適当な娼館にそんなもの捨ててきているだろう。おれもそうだ。一生特定の好きな人なんて出来ないと思ってたし、出来てたとしても初体験が好きな人じゃ心もとない。おれはリードしたい派だ。

「するもんでも落ちるもんでもなくて、落とされるもんだよ」

そう。落とされるものだ。わざとらしく帽子の鍔を下げたペンギンがカードの絵柄を押し付けてきた。その数残り二枚だ。早いなこいつ。

「あー、引きずり込まれる的なやつ?」

イルカがなるほど、と一つ頷く。おれは揃ったジャックを二枚捨てながら、それには首を傾げる。

「いや、後ろから蹴落とされる」

「は?」

シャチに二枚のカードを押しつけて一枚引かせる。 え、なにそれ、と怪訝そうな顔をするシャチを横目に、キャプテンの顔を思い浮かべた。

「…ゴホッ」

ベポがイルカのカードを引いている。やったー、と柔らかく喜びながらカードを二枚捨てて、ペンギンと比べたら少し多いカードが二枚減った。それをぼんやりと眺めながらもうひとつ咽る。「気を楽にしろ」と薄く笑いながら、おれの背中を穴に向かって足蹴にするキャプテン。なんだ、蹴落されるとは自分で言いつつ的を射ている。くすり、と笑いながらペンギンのカードを一枚引いた。

「あ、やった、上がり」

「えーー!!」

揃ったカードを真ん中に捨てて、残りの一枚のカードをシャチに押し付ける。おれがゲーム開始時からずっと持っていたピエロの踊るカードに絶叫して、今度はイルカにグーで殴られていた。



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