不可能なんかじゃない


  悪いのは、誰


「お前、コーヒーが好きなのか」

「ええ、濃い目のブラックとかよく飲みますよ」

「本当は?」

「……一番好きなのは、ココアです」

「ガキ」

ひどい。よよ、と泣いたふりをしたおれに、キャプテンはふん、と鼻で笑いながら前を見た。キャプテンの姿を見てなんだかあらゆることを察したらしいツーブロックのマスターに同情しきった顔でがんばれよ、と言われ、頼りなく親指を立ててキャプテンと喫茶店を出た。勘の良いガキは嫌いだよ、ガキじゃないけど。きっと人生経験なんかもおれよりは遥かに上だろうけど。それで今はイケメンとちんちくりんで繁華街を闊歩している。全然恥ずかしくない。本当に。

ただシャチには申し訳ないが、奴とは比べ物にならないくらいイケメンの隣を歩くというプレッシャーがすごい。あとキャプテンの隣にいるからずっとキャプテンの事を考えてしまって花がとめどなくて厳しかったりする。マスクの中もそろそろ埋まってきたのでまた紙袋に出さなくてはならないだろう。

おれがマスクの顎あたりをずらして紙袋に青い花びらを流しこんでいると、キャプテンはじ、とその様子を眺めてくる。そこに少しだけ好奇心のような、キャプテンには珍しく子供のような様子が伺えるのだからおれは気が気じゃなかった。

「その病気は興味深いな」

「げっ、ほ、どうして…ですか」

「花はどこから出ている?食道をせり上がってきているんだろう?という事は胃か?それとも食道の奥の方でどこからともなく生成されているのか?」

医者の探究心というのは素晴らしいものだ。しかしながら、それでは体は治るけどおれの精神的な平和は守られないのである。悲しいかな、キャプテンに実験に使うから血液をよこせと言われたらおれは死なないギリギリ程度まで血を抜いて差し出すだろう。惚れた弱みというやつだ。そんなおれの精神が休まることなんて、きっと一生ない。

「掻っ捌いて見るとかやめてくださいよショック死しますよ」

「大丈夫だ気を楽にしろ」

「交感神経がいい仕事し過ぎて気を楽にできません」

それでもおれはキャプテンの能力でバラバラにされるのは苦手だ。これは仕方がない。それでもキャプテンは医者だから、見たことのない病気が気になるのだろう。それにおれも、キャプテンに告白しないで治るのならそれが一番良い治し方なのではないだろうか。

「もしかしたら体内に根や茎、蕾のようなものが巣食っているのかもな」

「ははは、それを取れば治るみたいなやつですか」

「確定じゃねえが、なきにしもあらず、だ」

「ははは…え?治るかもしれないってことですか?本当に?」

「…ちょっと黙れ」

後ろ手に持っていた刀を、すっと抜く。心なしか目が据わっているように見える。その表情に、ひくり、と頬が引きつった。

「あの、キャプテ」

「スキャン」

呼びかけに、被さるようにそうキャプテンが呟く。す、と刀が横にスライドするように動いて、それから、キャプテンの表情がじわり、と曇った。

「キャプ、テン…?」

微かな金属音がして鬼哭が鞘に戻る。不機嫌のどん底です、と語っているようなキャプテンの顔が少し怖い。いやとても怖い。キャプテンが能力で見たものについて尋ねるのが、憚られるくらいに。

「…なかったんですか?」

「……腫瘍のようなもんは見つからなかった」

わりぃな、キャプテンが帽子の鍔を引き下げる。もしそんなような、腫瘍みたいな、これを取れば病気が治るよ、みたいなもんがあったら、キャプテンはすぐ取ってくれただろう。それでもおれが掛かってしまったこの厄介な病気はそう簡単に治るものじゃないらしい。

腫瘍は、このおれの気持ちだ。このおれの、キャプテンへの浅ましい気持ちだ。

「…キャプテンが謝るようなことじゃないです」

「……医者のくせに、おれはお前を治してやれないかもしれねぇ」

その言葉に、どくり、と心臓が動く。そうだ。キャプテンはおれの病気を治すことはできないだろう。だってそれはつまり、キャプテンがおれのことを好きになるという事だ。一クルーだし、キャプテンより弱い、大した取り柄もない、キャプテンを船から連れ出すこともできない、 ただ一つ出来ることと言えば、キャプテンを思い続けるしか出来ないような、このつまらない男を。

キャプテンはきっと、おれを治すことはできない。そうして、それを気に病む必要もないのだ。思わず自嘲気味にふ、と笑えば、キャプテンの目がゆるりと見開かれた。

「悪いのは、叶わないような片思いをした、このおれですから」

悪いのは、愚かしくもキャプテンに恋をした、このおれなのだから。




prev next

back


- ナノ -