不可能なんかじゃない


  オーマイゴット


昨日一晩考えた。恋愛が成就する以外の解決策はないだろうか。そんなことを考えて街に繰り出しても、成果はゼロだった。

「変な病気にはかかるし治す方法は見つからねえし、散々だなこりゃ」

はは、と苦笑する。精も根も尽き果てて、一足先に寿命が来そうだ。まったくもう、と先日病気について調べるために立ち寄った喫茶店にまた吸い込まれるように入って、休憩にコーヒーを飲んでいる。

「何だお客さん、悩み事かい?」

ふ、とカウンターの向こうから喫茶店のマスターに話しかけられる。黒髪をツーブロックにした、今時の男と言った感じだ。マスタァ〜、と泣きつくふりをしながら、おれはケラケラと笑った。

「おれは今、叶わぬ恋をしているのさ〜、あぁ、辛い辛い〜」

「はは、なんだい、お嬢様でも好きになったか?」

面白そうに笑う喫茶店のマスター。こういった人は自分が話すよりも相手の話に耳をかたむけることに長けている人のほうが多い。

「うん、本当そう、マジで超身分不相応、おれ高望みしてるのは分かってるんだよなあ、でも目は確かなんだ!」

「そうかそうか、それじゃあそんな兄ちゃんに、人生の先輩がアドバイスしてあげよう!」

「まじか!マスターありがてえ!」

たはは!とおれは久しぶりに豪快に笑った。只今の時刻午前十時ほど、客は疎らにしか来ないらしく、おれと入れ違いに出て行った新聞を持っていた中年男性により、今店内にはおれ一人だ。だから割と大声を出しても誰にも怒られないし、唯一怒るとして可能性のあるマスターもこれだ。

「どれ、手始めに相手はどんな子なのか教えてもらおうか」

にやり、とマスターが笑う。大人は意地がわりいなあ、とおれも負けじと笑顔を返した。

「そうさなあ、まず、美人だろ、スタイルもいいだろ」

キャプテンを頭に思い浮かべて、一つ一つ指折り数えていく。あげ出したらきっと、際限なんてないだろうに。

「んで、精神的にも肉体的にも強い、でも見た目は白くて細いからいつか折れちまうんじゃないかって気が気じゃねえ、一見不健康なんだよな」

ふむふむ、とマスターも顎に手を当てて聞いている、きっと頭の中で像を組み立てているところだろう。

「頭もいいんだ、医者なんだよ、そんで他人思い、自分のことは大抵二の次」

まだまだある、あの人はとても素敵だ。おれから見たら輝いていて、聖域のような人だ。

「フワフワしたものが好き、白熊とかな、あとはまあ、ちょっとだけ性格はきついけど、それはそれでかわいいだろ」

あとは、と考えているところに、コーヒーの付け合せの豆の菓子が出てきた。それにもこの島らしく花びらの砂糖漬けがトッピングされている。

「優しいんだ、前おれが酒飲んでぶっ倒れた時なんかな、天使に見えたぜ、でもおれあの人に怒られるのも好き」

ぶっ倒れるなんて、おれも全く情けない真似をしたものだ。海賊になるまで酒になんて手を出すことのなかったおれは、初めて酒を飲んだ時ほとんど拒否反応のように体調を崩した。自分でもまさかここまで酒がダメだとは驚いたものだが、今になってはザルというかほぼ枠で、今度は自分の適応能力に驚いている。

その時キャプテンは、俺が酒を飲むのが初めてと知って、一人宴を抜け出して看病してくれた。急性アルコール中毒ではなかったものの、おれの体が酒を害と判別して熾烈に争った結果らしい。免疫が強すぎる体というのも考えものだ。なんで考えなしに一気に煽ったりしたんだバカ、と鬼哭で頭をぶん殴られたのは、おれが完全復活を遂げた後だ。

「でもトータルでモテるからおれなんて相手にしてもらえないんだよねえ」

あはは、と情けない顔で頭を掻く。その脳裏に浮かんだのは、昨日の船長と、ベタベタくっつく女の姿。俺がもし女だったらお金もらうどころか払ってでも一緒にいてえわ、と苦笑する。ふうん、と思案するマスターは、おれの顔を一瞥したあとに人差し指を立てて得意げに言った。

「そりゃな、好みもわかってるんだからプレゼントだろ」

「プレゼント?」

からんからん、と、ドアベルが鳴る。いらっしゃい、とマスターがドアの方に向かって呼びかけたあとに、おれはコーヒーを零さないようにテーブルに突っ伏した。

「違うんだよマスター!プレゼントもしてる!喜んでもくれるんだよ可愛い笑顔でさあ!でもあっちはよりどりみどりなんだから相手になんてしてもらえねーもん!」

「あ、そうなのかい兄ちゃん…でもそしたら好感度はバッチリなんじゃねえのかい」

「そう、バッチリなんだよ、周りと同じレベル程度にはな…」

はは、と苦し紛れに笑うと、マスターはあちゃー、とおかしそうに言った。そりゃないぜマスター。

「告白しろよ」

がた、と横で椅子が引かれて、誰かが座る気配がする。さっき入ってきた客なのだが、その声に聞き覚えしかなくて、ばっ、と顔を上げた。そこには、もふもふした帽子に、端正に整った顔、切れ長の目の下のくま。見覚えのある黄色パーカー。

「きゃ、キャプテン!?」

「こいつと同じものを」

はいよ、と苦笑したマスターは、どうやら今の一瞬のやりとりでおれとキャプテンが知り合いだと気付いたらしく、せっせとコーヒーに取り掛かった。びっくりしました、という表情をしているだろうおれに、キャプテンはもう一度、なんの気なしに言った。

「告白すりゃいいだろ」

あなたにですか、そんな減らず口も叩けないおれは意気地なしでしょうか。ああ、神さま。キャプテンの姿を見て色々と察したらしいマスターが、額に手を当てて苦笑していた。



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