不可能なんかじゃない


  苦しいこと


「イッカク、説明して、昨日の」

夜、やることが無くて傍らに紙袋を置いてキッチンにて茶をしばいていた。そうしたらシロクマに問い詰められた。今にも泣きそうな顔でそう言ったベポに、おれはふ、と笑った。

「いやいやあれは別に、ほら、ただ噎せただけだよ」

「イッカクの嘘つき、おれ、見たんだよ」

イッカクの口から青い花びらが落ちるところ。ベポの声が静かに続く。人間というのは汚い、というのは一般的によく言われることだ。中でも歳を取ってくると余計な打算や計算などで思ったままに行動ができない時もある。だが、こいつは人間じゃない、シロクマだ。人間は暗黙の了解的に聞いてはいけないと思ってそっとしておくということもあるが、こいつはおれが心配だったから、単にそういう理由でおれに問い詰めることにしたんだろう。

「お?なんだなんだ?ベポくんはイッカクくんのことを心配してくれてるのかな?」

「うん、そうなんだ、心配なんだよ」

じ、と丸くて黒い目で見つめられて、う、と唸るしかなくなる。どうしてもこの油断ならない熊には弱い。それはもちろんキャプテンを始めとしたクルー全員に言えることだ。

「あー…あれはな、病気なんだ」

「え?大丈夫?苦しくない?」

うるうる、と小さい目が潤み始める。参った。泣かせたらキャプテンに吊るしあげられる。

「うん、まあたまに、ほんとたまに苦しくなる時もあるけど、でもキャプテンが主治医になってくれるって言ったから大丈夫だ」

「本当!?じゃあきっとすぐに治るね!」

「うん、だから大丈夫」

嘘を吐いているようで、心苦しくなった。確かにキャプテンはおれの主治医だ。かと言って治せるかと言ったらそこはどうだろう、と言った感じになる。キャプテンが今ある治療法の他になにか突破口を見つけてくれれば話は別だが、今のままならおれはキャプテンを思いながら死ぬことになる。よかったあ、と笑うベポに、俺は泣きたくなる。

「なあ、ベポ」

「どうしたの?もしかして、苦しいの?」

「?、ううん、苦しくはないさ」

「え、でも…」

ベポの表情が曇る。キャプテンよんでこようか?という気遣いにも、胸が苦しくなる。

「…ゲホっ、あ、呼ばなくて大丈夫だ、すぐに、ゲホっ、治まるから…」

紙袋を過呼吸の応急処置のように口元に当てて、背中を丸めて盛大にむせる。ベポは焦りながらもキャプテンを呼ばなくていいと言った手前あたふたとおれの背中をさすった。

「だ、大丈夫?すごく苦しそうだけど…」

「うん…ちょっと、だけ」

ゼェ、と引き吊った息を吐いて、ひとつ、ぽろりと目の前の白熊に愚痴を零す。

「誰かを好きになるって、苦しい事なんだな」

「ええ?」

突拍子もない言葉だと思っただろうベポは、もともと丸い目をさらに丸くした。はは、なんでもないよ、と、おれは無理矢理笑ってみせた。



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