不可能なんかじゃない


  ラフレシア


キャプテン、やっぱりおれたちのキャプテンは優しい。見た目はちょっと子供が泣きそうだけど、それでも患者と真摯に向き合うその姿勢はとても人として素晴らしいものだ。ってか海賊だけど。医者っつっても死のってついてるけど。

「けほっ…」

正直言おう。咳き込む度におれの上半身が丸まってつなぎの胸のあたりを掴んでいるのを傍目から見ると、なんだかすごく可哀想になってくる。そんなにおれ重症なのかな、花吐き病ってこんなすぐ死ぬのかな、なんて、無駄な考えを巡らせて、ひたすらキャプテンが帰ってくるのを待つ。

そういえば、どうしてキャプテンはおれの体調不良を知っていたのだろう。どうやらおれが目を覚ます前から観察してたっぽいし、寝てる間に花びらが口に詰まってフガフガ言ってたりしたのだろうか。それなら何やってんだこいつ的な感じて外からそれを聞きつけて監察からの連行という流れにもなりそうだ。そこまで考えて、はた、と思いついた。

「…やっぱり油断ならねえ」

どう考えても、ペポがキャプテンに伝えたのだろう。他の奴らも昨日の朝こそおれがマスクをしていた姿を見たものの、風邪ではないと一応宣言しておいたし。ああ、それか花粉症でも発症したのかと思われたのかもしれない。ペポだと決め付けるのはいけないことだ。

がちゃ、とドアが開く。現れたのは当然の如くさっき出て行ったキャプテンだった。

「キャプテン、その本、欲しいですか」

「貰ってやってもいいぜ」

「はは、どうぞ」

にやり、と意地悪く笑ったキャプテンに、思わず笑いが溢れる。どん、とおれの顔がおいてあるテーブルに持ってきた伝染病全集を置き、見とれるような早さとスマートさで俺が昨日食い入るように見つめたページを開いた。

「……なるほど」

「え、もう読み終わったんですか」

「嘔吐中枢花被性疾患の項目だけな」

うわこの人正式名称覚えてるよ、とそら恐ろしくなるが、医者だしな、と納得する。ものの数秒で俺が頭の中で要約するのに苦労した文章を読み終えていた。

「つまり、今お前が好きな奴と一発ヤ」

「違いますから結ばれるってそういう意味じゃないですから!」

「れば、銀色の百合を吐いて完治、らしいな」

「みたいです」

キャプテンのまさかの直接的な、そういう意味での結合の話をセリフ被せて否定した時にガハッ、と自分の上半身だけが起き上がったのなんて、全然面白くなかった。おれとしてはキャプテンの口から両想いに、なんて可愛らしい言葉が出るだけでもほんわかした気持ちになるのだ。

「両想いかあ…ペッ」

「お前バレたからってそんな適当に花吐くなよ情緒ねえな」

「一応海賊ですしまあ…乙女でもないですし…」

「じゃあお前豪快にラフレシアでも吐いたら面白かったのにな」

「嫌ですよ顔にハエ集まりそうだしそもそもそんなもんデカ過ぎて喉裂けますよ」

「いいじゃねえか、俺は臭くて近寄りたくねえけど」

「しどい」

はは、とおかしそうに笑うキャプテン。そんな姿に、ああ、ラフレシアでもなんでも吐いときゃよかったな、なんて、また一枚青い花びらをギャグみたいに吹き出した。まだこんなおふざけが通用する程度の症状だ。

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