不可能なんかじゃない


  完治不可能?


「おい、往生際がわりいぞ」

キャプテンの指が、おれの唇をなぞる。つつ、ともどかしい触り方にぞく、と背中を駆け巡るものがある。頭だけのおれを見下ろすキャプテンの表情に、少しだけ官能的なものが感じられるのはきっとおれのひいき目というか、おれビジョンのようなものなんだろう。たまらず薄く唇を開けば、誘うように動いていた親指が無遠慮にぐい、と喉奥まで入り込んできて、思わずなんのセルフフォローも出来ずにえづいた。

「っ、おえっ…!?」

「…………!?」

突然口の中に指を突っ込まれて目を丸くする俺と、俺の口から出たものに目を丸くするキャプテン。アホみたいな絵面がここに生まれた。数秒、お互いに色々と言葉を失う。先に口を開いたのは、ゴム手袋をした指で青い花びらを拾い上げた、キャプテンだった。

「…おい、お前…花の食い過ぎじゃねえのか」

「俺をなんだと思ってるんですか、さすがに丸呑みはしませんよ」

「だよな…」

眉間に皺を寄せて考えこんでいる様子のキャプテン。俺の花吐き病について朝市からこんなに頭をひねってくれていることがなんとなく嬉しくて、俺はまた一つ咳をした。机の上にもうひとつ花びらが落ちる。

「昨日、街で伝染病全集を買ってきました、キャプテンがいつも読んでるみたいな分厚いやつです、通称、花吐き病」

観念して、そこまで続ける。キャプテンはほう、とバラの花びらを透かすようにして持ち上げて、それを下から見上げた。

「…なるほど、話くらいは聞いたことがある、嘔吐中枢花被性疾患、だろ」

「さすがです」

この人に知らない病気なんてないんじゃないかな。そう思って苦笑した。やっぱりおれたちのキャプテンはすごい。へへ、と思わず笑うと、キャプテンが片眉を釣り上げた。

「何笑ってやがる、病名と症状が分かったところで治せなかったら意味ねえだろ」

俺もぼんやりとしか知らねえんだ、治療法はなんだ。少し怒ったようなキャプテンがびし、とおれの額にチョップを食らわす。いて、と顔をしかめると、はやく言え、と言うようにもう一発。

「…、不治の、病です」

「アァ?」

柄の悪い医者である。チッ、と舌打ちをして、キャプテンは面倒そうに椅子から立ち上がった。

「昨日買ったって本は、お前の部屋か」

「…はい、まあ」

「ったく…」

伝染病全集を取りに行くんだろう。キャプテンは重そうな扉を乱雑に開けて、部屋から出て行った。昨日俺も調べたから不治の病ではないことは知っている。治った人間当然いるらしい。

だが、俺にとってはこんな病気、不治の病以外の何者でもない。両想いになったら治る病?そんなもの、俺に望みがあるわけないじゃないか。キャプテンは優しいから、おれがキャプテンに片想いしてるなんて知ったら、もしかしたらおれに好きだと言ってくれるかもしれない。それすらあるかどうか分からないけれど。

でも万が一そうなって、そんなキャプテンの優しさを受けておきながら、俺の体はそれは叶わない夢だと青いバラを吐き続けるのだ。おれは、そんなのに耐えられる自信なんてない。いや、それどころかキャプテンに気持ちわりいと一蹴される可能性すらあるのだ。そうなったらマジ花が喉に詰まって死ぬ前に首釣って死ぬ。

深い溜め息が吐きたくて、部屋の空気を吸った。ふわり、とキャプテンの匂いがして、思わずむせ返ってしまった。

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