身の程知らず
「で、お前の好きな女はどこの誰だ」
「見も蓋もないですねちょっと」
あの後、キャプテンに適当に体をくっつけてもらい(ちょっとずれてたので自分で直した)今に至る。質問をのらりくらりと躱してなかなか口を割らないおれにキャプテンはチッ、と舌打ちをして「ここに座れ」と床を指差した。そんなご無体な。
「脛と膝が痛いです」
「身の程知らずは痛え目を見るのが世の道理だ」
「すみません」
さっきまでのラフレシアのくだりが嘘のようだ。殺伐とした雰囲気になってしまって、思わず身震いする。こんな空気で「あなたが好きです」なんて言ったら一刀両断斬捨御免だ。ハートの海賊団からも斬捨御免されかねない。そんなことしたらおれ生きていけない。
「さっさと吐け」
「え…オエッ」
「花吐いてどうすんだ好きな女はどこの誰か吐け」
口から青いバラを吐き出した俺の頭に、ゴン、と刀の鞘が降ってくる。ニット帽が吸収したとはいえ容赦無いキャプテンの攻撃にもう一枚口から花びらがこぼれ落ちた。その様子に痺れを切らしたキャプテンがはあ、と溜め息を吐いてソファにふんぞり返った。
「イッカク」
「はい」
「おれは今お前の主治医だ」
「…はい」
「だから、お前の病気を治すために必要な情報を集めなきゃならねえ」
ここまで言えば、分かるな。キャプテンの視線がおれの頭頂部に突き刺さる。とても居心地が悪いが、まだおれが病人だからかやさしい対応だ。子供を諭すような態度に、一瞬これなら子供になりたいレベルだ、と顔が緩むのを堪えた。
「分かってます、が、すみません、口を割るつもりはありません」
「アァ?」
キャプテンが今まさに人一人バラしてました、と言うような顔で俺を睨みつける。いや、今まさにバラしてたんだけど。俺がバラされてたんだけど。それでもくっつけて貰ったので人殺しに例えるのは止めておく。俺にしては珍しく、神妙な顔で口を開く。
「例えば、おれの好きな人が田舎に置いてきた幼馴染だとします」
「そうなのか」
「違います、でもそうしたら俺は告白しに田舎まで帰らないといけないじゃないですか、船に戻ってもらうのは申し訳ないし一人で行くなんて窒息する前に死にます」
「まあそうだな」
違うならなぜそんな話を、と眉間にシワを寄せるキャプテンに、最後まで聞いてくださいね、と念を押す。俺は正座から足を崩そうとしたが、キャプテンの手前やめた。
「じゃあ、例えばおれの好きな人がどこかの島の娼婦だとしましょう」
「そうなのか」
「残念ながらこれも違います、でも個人でやってる女なら告白して連れてくることも出来るかもしれませんがこの船に乗せて足手まといができるのは嫌です、あとおれが船を降りるのも嫌です」
「殊勝な心がけだ」
「お褒めに預かり光栄」
これも違うのか。何が言いたい。キャプテンの目がそう語っている。
「じゃあおれの好きな人が女海兵だとするじゃないですか」
「違うんだろ」
「違います、これは言うまでもなく望みほほゼロですね敵同士ですし」
「ごちゃごちゃ面倒くせえなイッカク」
「あいた」
どん、と刀の鞘で肩を押される。おれは尻餅をつく格好になって、すぐ視線を船長に引き戻す。船長は、ふざけている感じや面白がっている様子もなく、酷く真剣な目でおれの両目を撃ちぬいた。どきり、と心臓が波打つ。
「欲しいもんは手に入れてみろ、おれ達は海賊だろう」
「…そう、ですね」
はは、と額に手を当てて、表情を隠す。確かにそうだ、おれは欲しい物をいくつも自分の力で手に入れてきたキャプテンを知っている。海賊とはそういうものだ。でもね、キャプテン、おれだって身の程知らずじゃない。身の程知らずは痛い目を見るのが世の中の道理なんだ、今あんたが言っただろう。俺は身の程を知っているつもりだ。
真っ直ぐすぎるあんたを力ずくでも手に入れられるなんて、これっぽっちも思っちゃいないんだから。あぁ、胸が苦しい。
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