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弱いおれなら愛してくれた?
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白馬のキャベンディッシュがおれの横に剣の鞘を突き立てその場に腰掛けた。ニコ屋に上着を渡したその男は、厳しい顔で座り込んでいる。

この男も理由は違えどドフラミンゴに一太刀浴びせんとする男だ。こんなところでおれのボディーガードなんて不本意だろう。それにしても麦わら屋に「頼む」と言われた時には嬉々として「ファンの頼みだ!」と請け負っていたのにおれのことはファンだと誤解してくれなかったらしい。

「…自殺願望は、聞けない」

自殺ではない。この戦いに麦わら屋を巻き込んだのはおれだ。巻き込まれた麦わら屋が万が一ドフラミンゴに殺されるような事があって、その代わりおれがのうのうと生き延びるなどあってはならないことだ。平和に隠れたこの淀んだ国の歯車を壊したのはおれだ。その責任は負わなければならない。

「君が死ぬとしたら、僕の次だ」

苦虫を噛み潰したように白馬のキャベンディッシュが吐き捨てた。この男も難儀な男だ。自分の欲望のために動いているのにどこか人を突き放しきれないところがある。自己中心的なように見えて意外と義理人情に熱いところがあるらしい。他人の願いを無碍にできないらしく結局は「仕方ないな」と頷いてしまうタイプだ。

その様子に、一人の男の姿が過った。

ナマエとは、あの時、部屋から出てくようにと言ってから碌に話さずに船を出てきてしまった。他の船員からは「ちゃんと話さなくていいのか」「何度も説得したのに」と蟠りを残さないようにと配慮されたが、もうそれも今となっては、仕方のない事だ。それでもこの間麦わら屋の船の上で電話を取った時にはおれのことを心配するような様子だったのだからやはりあいつは優しい。

どかん、と大きく王宮が崩れる。先程トレーボルが巻き起こした炎と相まってまるで地獄だ。その様子を見上げていれば、横から同じように王宮の戦いを見守っているキャベンディッシュがその姿勢のままおれに問いかけてきた。

「君には、帰る場所があるだろう」

「…それすらも全て、投げ打ってここにいる」

「…そう、か」

金髪の麗しい男はふ、と目を閉じる。その間にもひまわり畑には瓦礫が降り注いでいた。

「ならば尚更死なせるわけには行かないな」

「…変わった男だ」

「なんとでも言うといい、麦わらが倒れたとしてドフラミンゴがここに来たら、その時が奴の最後だ」

バリバリ、覇王色の覇気同士がぶつかっている音がする。青い海の様な目が開いて、おれを捉えた。その眼の色はやはりナマエとは違う。にやり、と端正な顔が得意げな笑みに形作られた。

「トラファルガー、いつか君のことも、僕が殺す」

「…断る」

「ふふ、遠慮することはないよ、君も僕の人気の礎になるといい!」

「断る」

ふん、とその台詞を鼻で笑えば、どうやらこの男も本気で言っていた訳ではなかったらしい。直ぐに高らかな笑みは引っ込んで、おれに言い聞かせるように微笑みながら言った。

「…だから、この場では生き残って貰わないと僕が困る、狩る獲物は大きい方がやりがいがあるからな」

「狩られる気はねェ」

その言葉は暗に、おれを慰めるような諭すようなものだった。この場で生き残る、そうしたらまたハートの海賊団の船長としてクルー達と旅を続ける事ができる。一度は遠ざけた、あいつらと。それに、ナマエ。ナマエに、謝ることも出来るかもしれない。

ここまで混戦するとは思わなかった。本当はドフラミンゴを七武海から引きずり降ろせばあとは投げられた賽の行方を見るだけ、そのつもりだった。しかしどうだろう。一つの国をここまで掻き乱した。片腕も失った。おれの、おれの望んだ復讐は、こんなものだったのだろうか。

分からない。おれはただ、ドフラミンゴを討てれば良かった、討たなくとも止められれば。あの人の、コラさんの本懐を遂げられれば、それで。手段は問わなかった、それだけだ。

「…君の仲間は、ここにはいないんだね」

「世間話か?呑気なもんだな」

「なに、麦わらがもたもたしているのでね、僕が出ればもっと早く片付くだろうさ」

「馬鹿を言え」

そう答えながら、仲間、という言葉に意識が向く。そうだ、おれの仲間はここにはいない。もう二度と会うつもりも無かった。それでもここで麦わら屋が勝てばおれ達はこのまま旅を続けてゾウに向かって、散り散りになった仲間と合流できる。その可能性が、今色濃く見えている。ここまでドンキホーテファミリーを削る事が出来たのだ。この鳥籠が消えれば、きっとまた。

どうしておれを置いて行くんですか。そう震える声で訴えた男が脳裏で泣く。あぁ、またナマエに会えるのかもしれない。おれ一人ではこうは行かなかった。こうは行かなかったがたとえおれ一人でもドレスローザ崩壊の引き金を引くくらいにはなれただろう。中途半端に強い力と意思を持ってしまったからこれだ。片腕ではもう、あいつの病気を見ることはおろか、抱き締め返すことさえ出来ない。医者なのに腕を落とすとは、ドフラミンゴもやってくれたものだ。

きっと、この様で「大丈夫だ」と笑っても、ナマエは笑い返してはくれないだろう。そうなるようにことが運んだのを自覚して、おれはキャベンディッシュの肩越しに崩壊する王宮を眺めた。





弱いおれなら愛してくれた?



TITLE BY 「確かに恋だった」








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