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ひとりで生きたいわけじゃない
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ペトペトだがなんだかの能力者をボコボコにして、麦わら屋の知り合いらしかった動物達を逃がしたあと、おれはハートの海賊団に電話することにした。パンクハザードの事もあって暫く連絡も出来ていなかったのでここでしておくべきだろう。麦わら屋のライオンを象った(船の名前はサニーなのに何故ライオンなのだろう)船に戻って落ち着いた頃、おれの帽子を被った電伝虫を取り出した。

これは一応ナマエが作ったものだ。おれは別にその仕上がりにつべこべ言うつもりは無いのだが、クルー曰く「どうしたらキャプテンの格好させてこんなブスになるんだよ!」「なにこれ…似合ってない…根本的に何かが違う…」らしい。せっかくナマエが試行錯誤してコーディネートしたのに失礼な奴らだ。それが気付いたら荷造りした荷物の中に紛れ込んでいて、定期的に連絡が来るのだから、誰の差金かしらないがうまいことやったものである。おれとしてはハートの海賊団との連絡は断つつもりだった。

「うっわ…トラ男…それお前の電伝虫か?」

「だとしたら何だ」

「いや、なんつーかよぉ…ぶっさいくだな!」

「失礼だな麦わら屋」

そういうおれはというと、割とこの電伝虫は気に入っている部類に入る。恋人がせっせと作ってくれたのもあるが自分を模した形をしているのでぞんざいに扱うのも気が引ける。麦わら集まった一味からも微妙にざわざわとしている雰囲気が読み取れるがそんなに言うほど酷いか?

「あら、私は可愛いと思うわよ、トラ男くんそっくり」

「分かるかニコ屋」

ニコ屋が言うのなら間違いはない。ふふ、と微笑む年上の女に共感した。受話器を上げてハートの海賊団に電話する。今はまだゾウに向かっている途中だろう。がちゃ、と電伝虫が目を覚ましてこちらを見た。

…何だろう。やはり帽子のせいで目の位置が下がっているからやけに顔が人間に近くなっていて少し…いや、何でもない。

「おれだ」

『キャプテン!お久しぶりです』

「あぁ、少しアクシデントがあってな、連絡が遅れた」

『え!?大丈夫なんですか!?』

「…問題ねェ」

変態のペットにされかけた、というのは黙っておこう。電伝虫口にナマエがいるかもしれない。なんとなく気が引けて、電伝虫の向こうのペンギンに現状を報告した。その最中に続々とクルーが集まってくる。

『っえー!!麦わらの一味と同盟!?』

「…今は麦わら屋の船に世話になっている」

後ろから聞き耳を立てていたらしいシャチの声が耳に突き刺さって、思わず受話器を遠ざける。『麦わらって全員賞金首のところじゃん!』『流石キャプテン!』というクルー達の騒々しい声が聞えるが、その中におれの一番聞きたい声はない。

やはり、怒っているのだろうか。

『…………ペンギン、それ貸して』

そう思って眉間に皺を寄せた瞬間、あちら側の喧騒に紛れてその声がした。思わず目を見開いて聞こえてくる筈の声に身構える。ナマエの声だ。あんなに望んでいたはずのナマエの声だ。だというのになぜだろう。何を言われるのか分からないのが怖くて少し手が震えた。おれの怯えたような様子に察しのいい麦わら屋の仲間連中から何人か分の気遣わしげな目線が寄越される。

『…もしもし、キャプテン』

程なくして、ナマエは口を開いた。さっきまで笑ったり驚いたりと忙しかった電伝虫が殆ど無表情に落ち着いて肩に要らない力が入る。声も、いつもと違って硬質だ。おれを呼ぶときのナマエの声は、もっと。

『キャプテン?聞いてますか?』

「っ…あ…」

無だった感情に少し咎めるような色が混ざるだけで喉に声が張り付いたように絡まる。こいつのこんな声を聞いたのは久し振りだった。初めてあった時以来だ。あの時はおれは敵と認識されていた。じゃあ、まさか。さ、と顔を青くするおれをよそに、そんな様子じゃ会話も成り立たないのだろうと思ったらしいナマエが深い溜め息をついた。普通なら船長にそんな態度を取っていたら何らかの処罰が与えられるものなのかもしれないが、生憎今のおれはそんなことを考える余裕もなかった。

『ハァ…じゃ、いいです…黒足のサンジさんいますか』

「おれか?」

なんの脈絡もなく呼ばれた黒足屋が目を丸くする。ナマエの注意がおれから逸れた、ただそれだけの事なのにどこからか安堵の感情が湧いた。恋人から注意をそらされて安堵とはおかしいかもしれないが、おれは今、それくらいナマエの言葉が怖い。それにしてもこの無表情な電伝虫が黒足屋に何を言うのかはとんと見当がつかなかった。ややあって、どこか不本意そうに電伝虫のへの字に曲がった口が開く。

『……その人、パンと梅干し嫌いなんで』

「は?」

『食事は肉も好きですけど基本和食が好きです、箸の使い方もちゃんとしてるし魚も綺麗に食べられます。珍しい食べ物はあんまり好んで食べないけど、美味しいものなら気に入ってくれます。ただし、パンと梅干しは本当に例外で、梅干しなんかペースト状にしても即バレします、気付いたらその時の飯は一口食って拗ねて部屋に退散します』

「……なるほどな、任せてくれ」

『次、ニコ・ロビンさんいますか』

「えぇ、いるわ」

『キャプテンは頭いいんで、頭いい人とお話するのも好きです、おれたちの中にはあんまりキャプテンとそういう会話が成立する奴はいなかったんできっと楽しいと思います、当たり強いですけど人見知りなだけなんで良かったら色々話してあげてください』

「ふふ…えぇ、喜んで」

『ロロノア・ゾロさんいますか』

「…おう」

『キャプテン剣士なんでたまに鍛錬とか誘ってあげてください、その人体力ないし能力と混ぜて戦うんであんまりちゃんと動かないんですよね、ぶっ通しで二時間本読んでたら外連れだして相手してあげてください、っていうか外引きずり出して下さい』

「ほう…そりゃいいな」

黒足屋に言われた内容から何を言われるかを察した麦わらの一味は、一人ずつ名前を呼ばれても笑顔で頷く。その後ももふもふ要員を頼んだとか、うちの航海士のためにも新世界の気候について叩き込んでくれとか、夜寝てないようだったら子守唄でも歌ってやれとか、意外と天然だから変な嘘は仕込むなとか、絶対にキャプテンの前で脱ぐなとか、そんな阿呆らしいことまで麦わらの一味に伝えて、一度ナマエは口を噤んだ。おれはその間何も言えずに、ただこいつがそんなにおれのことを知っていて、そうして心配していたのかと、少し過去の自分のした事を悔いた。

『麦わらの、ルフィさんいますか』

「おれか?待ちくたびれたなー!」

そうして最後の一人、麦わら屋の名前。麦わらの一味の顔を見回すと皆穏やかに笑っていた。微笑ましい物を見るような目線が集まる。居心地が悪くて電伝虫に視線を移すと、麦わら屋がその前に歩いて行った。未だその電伝虫はしかめっ面だ。

『…うちの船長、クールに見えるんですけど熱くなると周りが見えなくなるので』

「お?それおれと同じだな!」

『…それは困りましたね』

「そうだな!でもよ、トラ男の仲間!お前の言いたいことは大体分かった」

電伝虫の表情がきょとん、としたようなものになった。きっと何度も見たことのある表情をしているのだろう。懐かしさを覚えて少し胸がじん、とした。

「トラ男は、おれたちが責任持ってお前らのところまで連れて行く!」

『…、…………』

息を呑んだ音がした。それからくしゃりと電伝虫の、ナマエの表情が歪んで、泣いてしまうのではないか、おれがそう思うほどだった。それから泣き笑いのような表情になったナマエが、震える声で言った。

『トラ男ってなんですか、おれ達のキャプテンは、ローさんですし』

「まー細かいことは気にすんな!」

『…でも、安心しました、あなた達なら大丈夫なんでしょう』

「おう!」

ふ、とやっと笑った電伝虫に、強張っていた体の力が抜ける。苦笑したナマエの顔が浮かぶようだ。そうして最後に、電伝虫の顔がいつもの慈しむような笑みに綻んだ。

『…麦わら海賊団の皆さん、キャプテンを…おれの大切な人を、よろしくお願いします』

「おう!じゃあまたな!」

『はい、また』

がちゃん。電伝虫の低い声がして、その目が閉じた。ナミ屋が麦わら屋になぜおれに代わる前に電話を切ったのかと詰めよっている。おれは何も言えなかった。

「トラ男、大丈夫か?」

ふくらはぎ辺りを優しく伺うように撫でられる。その小さい茶色い体を持ち上げて抱き締めた。もふもふ要員は黙ってぽんぽん、と後頭部を撫で返してくれた。「おれの大切な人」と、ナマエは確かにそう言った。トニー屋の帽子に顔を埋めながら、ニコ屋の「いい仲間を持ったわね」という言葉に二、三度頷いた。涙が誰にも気付かれずにトニー屋の帽子に染み込んでいった。





ひとりで生きたいわけじゃない


TITLE BY 「確かに恋だった」








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