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素直になれなんて馬鹿げてる
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「四皇の一角を崩す、その為にドンキホーテ・ドフラミンゴを王座から引きずり降ろす事にした」

会議のためにクルーで埋まった食堂がどっと湧いた。湧いた、と言っても歓声などではなく驚きと不安、そんなざわめきのようなものだ。そんな中、壁に体重を預けたナマエは静かに腕を組み目を伏せていた。話を聞く気さえ無いようだった。

「キャプテン、それはドレスローザの玉座という意味と七部海の座両方と考えて良いんですか?」

聡明な部類に入るペンギンが恐る恐るという様子で尋ねてきた。おれは一つ頷いて、寧ろ、と付け加える為に口を開く。

「寧ろ、殺す」

「……おれ達に、出来ますか?」

探るような目で見られる。目下の不安事はそこだろう、ハートの海賊団にその力量があるかどうか。

引っ掻き回すだけの力はあるのではないか、とおれは思っている。麦わら屋のところのような全員お尋ね者の海賊団からは一見劣っているように見えるだろう。しかし実際はそうではない。あいつらは世界政府に目に見える形で喧嘩を売ったからああなのだ。能力者こそ少ないが実力で言ったらハートの海賊団も引けを取らないだろう。しかし今回はそれは関係のないことだ。

「…今回は…おれ一人で行く」

「っ、何を…!」

「お前たちは、連れて行かない」

正確には連れていかないではなく、連れていけない、だろう。おれ個人の復讐にクルーを巻き込むわけにはいかない。そう告げると、クルー達は口々にそんな、とどよめき出した。

「どうしてですか!今までずっとついて来たのに…!」

「おれたちじゃ、実力不足だって言うんですか!」

戦える、戦わせてくれ、その声が大きくなっていく。こいつらを連れていけない理由はそれだ。おれが絶対に勝つと思っている。おれに、勝つ算段があると、思い込んでいる。

そんなもの、存在しない。おれはドフラミンゴと刺し違える気で。

その時、ダン、と低く響いた衝撃音に食堂が水を打ったように静まり返った。何人かのクルーは肩を震わせて恐る恐る音源である背後を振り返る。おれの位置からはずっと見えていた男の行動だった。

歯を食いしばったナマエが、俯いて壁を裏拳で殴り付けたままの格好で立っていた。体はこちらを向く形になっているが表情は伺えない。異様な空気に誰も言葉を発せなくなって、その沈黙を破ったのもまた彼だった。

「…悪いけど、キャプテンと二人で話させてくんね?」

「は?いやいや、おれらだって色々…」

「悪いシャチ、ほんとに」

「分かった」

「って、ペンギン!?」

「ただおれ達にも思うところはある…十分でどうですかキャプテン」

「あぁ、構わない」

「という訳だ、出るぞ」

ペンギンが食堂を後にする。それからは戸惑いながら他のクルーもその後を追った。冷静に見えるが、ペンギンも動揺しているだろう。きっと状況を整理するのにこの時間を使うはずだ。

食堂に二人残されて、さて、とナマエに視線を移す。ナマエは俯いたままその場に立ち尽くしていた。その項垂れる肩に声を掛ける。

「…他の奴等を追い出してまで話したい事ってのは何だ」

「…キャプテンが、どうして一人で行こうとするのか…分かったんです」

は、と思わず声を漏らせば、ゆっくりとナマエが顔を上げた。爛々と輝く目は、怒りを湛えていた。ぎり、と唇を噛み締めて、血が滲んだそこから刺々しい声がおれを責め立てる。今にも、殴りかかってきそうだった。

「キャプテン、死ぬ気ですよね」

「な、にを」

そこでおれの返答が止まる。否定できない。確かにおれはドフラミンゴと刺し違える覚悟でこの作戦を立てた。そうして、この作戦は確かにおれの犠牲なしには成立しない程ハイリスクなものだ。思わず固唾を飲めば、やるせなさそうにナマエが眉間に皺を寄せた。

「…本当は四皇なんてどうでもいいんでしょう?」

「…誰がいつそんなことを言った」

「おれの勘です、ずっとあなたを見てきた、おれの」

本当はドフラミンゴを殺せたら何でもいいんでしょう?くしゃり、とその顔が歪んだ。噛み付かんばかりに怒りにあふれていた顔は、今は悲しみに満ち溢れている。もう、怒りの表情も保つ余裕はないらしい。

誤魔化しは効かないな、そう思った。

「…そうだ」

「…はは、やっぱり」

「おれは十三年前、ドフラミンゴに…大切な人を殺された、それからずっと、あいつに復讐するために生きてきた、これはおれのけじめだ」

「そう、ですか」

絶望、そんな言葉が似合う表情だった。ナマエは諦念すら見せる嘲笑を浮かべて、はは、と乾いた笑い声を零した。涙すら流れない。そんな様子だ。こんな様子の恋人を残して死ぬだなんて、おれもよくそんなことを言えたな、と思う。つい力の入った拳を握り締めると手がふるふると震えた。

確かに復讐の為だけに生きて来た。十三年間、時が来た今は背中にあの人の名前を背負っている。ドフラミンゴの用意するハートの席ではない、あの人の、コラさんの本懐を代わりに遂げるという意味のコラソン、だ。その為にずっと力をつけてきた。仲間だってその為に募ったと言っても過言ではない。

それでも、その為に募ったはずのこのハートの海賊団が、あの人と同じくらい大切なものになってしまった。

「…ナマエ」

この男も。あの人と同じくらいだろうか。それは分からない。分からないけれど。

「おれのことなんて、忘れろ」

分からないけれど、手放したくない大切なものだ。

弾かれたように顔を上げたナマエ。その表情は、すべての希望を見失った死人のようなものだった。

「…っ、待ってください、まって…」

「話は終わりだ、あいつらと変われ」

「キャプテン、そんな」

「聞こえなかったか」

出て行け、と言ったんだ。極めて冷たい声でそう言えば、は、と浅い息を漏らしたナマエは取り付く島がないと判断したのか諦めたように光のない目を伏せて踵を返した。おれは出て行くその背中を直視することも出来ずに、後ろを向いた。

涙が出そうだ。

でもこれで合っている。たとえ待っていろとあいつに言って、それでおれが死んだらナマエは一生おれに取り付かれることになるだろう。おれがドフラミンゴと相打ちになって死んだとしたらあいつはやり場のない怒りを抱えて悲しみに暮れるしかない。そうなるくらいなら、今突き放してここで別れたほうがいい。おれのことなんて忘れて新しい誰かを探して幸せになればいい。いや、あいつが他の誰かと幸せになるなんて、考えたくもない事だが。

それでも、ナマエを含めたこのハートの海賊団は、おれの道連れにするには惜しいほどいい奴らで、おれの宝物だから。だから、「一緒に死んでくれ」なんて、絶対に言えない。





素直になれなんて馬鹿げてる


TITLE BY 「確かに恋だった」








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