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おれはそんなに弱くないから
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仲間に助けを求められたら、どうするか。船長として迷いなく助けるのが当然のことだ。もちろんおれもそうする。自分が淡白の部類に入る人間だということは自覚しているが、しかしそれを差し引かずとも仲間は大切だしおれ自身あいつらを見捨てる気なんて船に乗せた時からない。その助けが戦闘時のものかとか個人的な悩みかは基本的に問わない。だがまぁ、一度あったシャチからの「どうしたらキャプテンみたいに女の子にモテますか」の相談は「知るか」で一刀両断した。勝手に寄って来るもんを払えど分析までしてやる筋合いはない。前までは気が向いたら相手をしないでもなかったが、今は諸事情でそれもなくなっているし。

だいぶ話が逸れた。それなら、逆はどうだろうと考える。船長であるおれが仲間に助けを求める場合だ。それもまぁ、普通の事だろう。船長は一人で航海出来るわけではない。例えばおれは船長と船医を兼任している訳だが航海士はベポだし環境整備なんかはほとんどペンギンがやっている。船を動かすには何人ものクルーの手が必要だし海中といえど誰かが順番で寝ずの番をしなければ夜間の急な出来事に対応出来ずにそのまま海の藻屑になる事だってありうる。

おれは仲間を信頼しているし、あいつらも気のいい奴らでおれを慕って付いてきてくれている。くだらない事だって話すしふざけあったりもする。どん底から這い上がったおれが手に入れた、大切な宝のようなクルー達だ。おれが困った時に手を貸してくれる、頼れる奴らである。

それにおれにはもうひとつ、宝物がある。

「…………ん、まぶ…し」

いつもは夜中遅くまで本を読んでいるから、ギリギリ朝の範疇からはみ出さない時間に目を覚ますことが多いおれが、閉じているはずの目を朝日に焼かれて眠りから脱した。どうやらカーテンが開いていたらしい。昨日から海面に浮上していたことを思い出した。海底火山が多く避けて通るのが億劫だとぼやいたクルーに浮上の許可を出したのはおれだ。顔面への直射日光から身をよじって寝返りをうつことで逃れれば、振り向いた拍子に目の前に間抜けな寝顔が現れた。

「……ふ…」

これがおれの宝物、名前をナマエという。思わず笑い声を漏らしてしまったが寝ながら変顔を披露されたわけではない。ただ余りにも、余りにもこの男の顔が緩んで安心しきった寝顔だったから少し微笑ましく思っただけだ。それこそ「本当にお前は海賊か」と小言を言いたいほどに。

ナマエは一、二年前におれのクルーから紆余曲折を経てクルー兼恋人に昇格した男だ。いつもはニット帽で隠れてしまっている柔らかい髪が寝癖で好き勝手跳ねて酷い有様になっているし、口が半開きのだらしない寝顔をしてはいるが、それでも顔の造形は整っている。掛け布団の下の身体は何も纏っておらず、その左胸にはおれの胸に陣取る刺青を小さくしたものが彫られている。曰く、「おれの心臓はキャプテンのものです」らしい。そんなことを言われて思わず赤面したが「口説く時くらい名前で呼べ」と返して誤魔化した。その後に微笑みながら名前を呼ばれて堪らなくなったことも記憶している。どうでもいいがなぜまだ眠っているナマエと、前述していないがおれも服を着ていないのかはここでは敢えて言及しないことにする。

ともあれ隣で恋人に、こんな顔で眠られたら。柄にもなく心のどこかに幸せなんてものを感じて、少しの悪戯心も兼ねてその半開きの唇に触れるだけのキスを見舞った。

さっきの話の続きをしよう。この眼の前の男、ナマエを含めおれのクルーは皆いい奴らだ。おれが困っていたら手を差し伸べてくれるし、おれの選んだ道について着てくれた。きっとこれからもそうだ。船長船長と慕ってくれているし。

ナマエも心臓に近い位置に刺青を象ってまで愛を証明してくれるような男だ。もともと義理堅くはあったが、おれが自分から求めるという事が苦手な人間だと知ってからはあちらが手放しで愛情表現をしてくるようになった。恋人になる前から貢物で気を引こうとしてきた可愛らしい奴でもあったし。

だからこそ。

だからこそ、おれの個人的な復讐なんかに巻き込む事はできない。

「…ナマエ、お前でも…連れて行けない」

いや、お前だからこそ、連れて行けない。大切な人の無念を晴らすために、大切な人を失う訳には行かない。思わずそう口に出すとナマエの睫毛が揺れて、瞼が緩やかに開いた。眉を寄せた傷付いた表情に寝ていると思っていたとしても自分が言ったことを取り消したくなった。

「…どこに、行くんですか…」

「おまえ、起きて」

「おれ達を置いて」

どこに行くんですか。ナマエの声が震えている。気付けば逞しい腕が背中に回って、ぎゅう、と引き寄せられていた。悲痛な声が近くなる。

「……おれたちは貴方のクルーです、おれはあなたの恋人です」

「…だからだ」

「どうして」

ナマエに当てられて、おれの声も震えている。抱き寄せられたのを良いことに、頭を目の前の刺青のある胸に預けた。

復讐は遂げる。この命に代えても。十三年前にそう決めた。自分の生きる意味をそう定めた。貰った自由でその道を選んだ。それでも、復讐に生きても大切なものが出来た。失うものなんて何もないと思っていた。それなのに、大切なものが出来てしまった。

「おれが手を下さなければ意味がない、だから、付いて来ることは許さない」

そんなの、真っ赤な嘘だ、仲間を失いたくない、それだけだ。おれは一人でもうまくやれる、大丈夫だ。その為にここまで生きてきたのだ。大丈夫。一人でも何も問題はない。目の前の愛しい体温をまだ手放したくない、そんな風に思ってしまっている時点でもう虚勢でしかないのかもしれないけれど。





おれはそんなに弱くないから



TITLE BY 「確かに恋だった」








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