運命に唾を吐け!
選ばずとも道は一つ

確定した未来、運命というのは良くない事ばかりだと思っていたが、それだけではなかった。

マリージョアに父親の首を持っていったところで殺されかけて追い返されるのは知っていた。それでもそれも必要な事だと思ったし、そもそもおれはそうする以外にドフラミンゴが何をするべきかを知らない。この運命収束力があればおれはドフラミンゴの人生を強制的に歩む事になるのだから、何もするべきことが無い今、何もしないよりは何かをした方がいい。そうすれば、ほら。

「ドフィ、うちのボスだ」

そうすれば、歩むべき道は自ら目の前に姿を現すのだ。

頬にパンをつけた少年に連れられてやって来たのは荒廃した建物の中だった。そこはおれ達一家が逃げ延びて暮らした治安の悪い海岸の掘立て小屋からほど近い、ほとんど廃墟のような建物である。その中に、初めて会う、見知った彼らはいた。

「…ん?なァんだヴェルゴ、そいつが紹介したいと言っていたガキか?」

「あぁ、ドフィだ」

「べへへ!なんだそいつ!血まみれじゃねぇか〜!」

「見たところは、普通の子供だがな…」

濃い顔のやつと、ベタベタしたやつと、甲高い声のやつ、そしておれをここまで誘導してきた、サングラスをかけた少年。ディアマンテ、トレーボル、ピーカ、そしてヴェルゴ。おれはふうん、とその顔を順に眺めて、ゆっくりと息をついた。そこでヴェルゴが三人を見比べるように視線を動かして、少し笑んだ。

「ドフィには、王の資質がある」

「…何だと?」

ディアマンテが不穏な空気を醸し出しておれを睨み付けた。おれは丸いサングラスのこちら側からその姿を見据える。

怖いことは怖い。だがどうせ、ドンキホーテ・ドフラミンゴは、ここでは死なないのだから恐れることは、ない。

殺伐とした空気が流れる。おれのような子供のことなど笑って流せば良いのに、彼らも海賊。そうして原作よりも若いのだからまだまだ血気盛んだ。おれの倍以上ある身長から見下されて、やはり圧迫感を感じた。確実に、今のおれよりも強い強者の目だ。品定めを、されている。

「ヴェルゴ、それは、どういう」

そこでおれとディアマンテの間に、穏やかな笑みを浮かべたヴェルゴがこちらに背を向けて割り込んだ。丁度おれを刺す視線から擁護するような彼。

「それにはまず、話を聞いてくれ」

そう至極当然のような平坦な言葉に、おれは自分がしたことを他人事のように思い返した。

あの時、走り去って行く弟の小さな背中を何も出来ずに見送って、暫く放心していた。そのままぼうっと座っていて、ふと見上げていた天井を蜘蛛が滑って行くのが視界に入った。その蜘蛛の巣に掛かった、蝶。

「追い掛け、ないと」

捕まってしまう。追い掛けなければ。何もしないでここにいたらロシナンテが捕まってしまうかもしれない。確かドフラミンゴとロシナンテの母親が亡くなってホーミング聖、ドフラミンゴ、ロシナンテの三人で捕まって以後は表立って市民に捕まる描写はなかった筈だ。原作にないことが起きてしまったら、おれたちはどうなってしまうのだろう。助かる保証が、ないのでは。そう考えると、床に広がる血液が余計に生臭く、生温かく感じて背筋が凍った。

「い、かないと」

ロシーを追いかけて、何でもいい、脅しても、どうにかしてロシーとマリージョアに行かないと。そうしないとあの子は、海軍に保護してもらえる未来から外れてしまうのではないだろうか。もし今あの背中を何もせずに見送ったら、また街の人間に見つかってもしかしたら暴力を受けてしまうかもしれない。あの子はまだ弱い。小さな子供だ。怖いこと、辛いこと、悲しいこと、そんなことにまだ慣れない、おれの小さな弟なのだ。

おれはどうとでもなる。頭の中は一応大人なので悪知恵でも何でも働かせて、もし捕まっても幸運なら逃げ果せることが出来る。それでも、ロシナンテが誰かに捕まったとして、逃げ切るにはどれほどの運が必要なのだろうか。

抜けてしまった腰を、震える足を叱咤して、おれは立ち上がった。ロシナンテを探さなければならない。行かなきゃ、行かなきゃ、ロシナンテが。そう自分に言い聞かせてゆっくりと脚を踏み出した。ロシーが飛び出していって少し開いた扉を押し開けて、そのまま砂利道を進もうと思った。だが。

「見つけたぞ!天竜人の子供だ!」

どうやらおれ達の隠れ場所に目を付けていたらしい大人達がこちらを指差していた。武器を持っている。太い木の棒、台所からそのまま持ってきたような包丁、果ては猟銃まで。あんなものを持っている人間が、天竜人の子供を探しているのだ。ロシーが、ロシナンテが見つかってしまったら。

「大きい方のガキ一人だ!捕まえろ!」

捕まえる?嘘だ。どうせ最後には殺すくせに。あの日縛り上げて下から火矢で射られたこと、生ゴミを漁って食っていたら動けなくなるほど殴ってきたくせに、捕まえろ、だなんて。男たちがバタバタと走ってくる。大体十人と少しいるくらいだ。子供一人に対して、こんな人数で。

「恥ずかしく、ないのか」

おれ達家族が何をしたと言う。

「…退け」

退けよ、弟を探しに行くんだ。人殺しと言われてしまったけれど、もうおれのたった一人の家族なんだ。弱くて、脆くて、いつも誰かの服の裾を掴んでいた。外の世界のことなんて知らないから、一人じゃ生きていけない弟を。

「近くに隠れ家があるはずだ!小さい方のガキも父親も探し出せ!」

おれ目がけて走ってくる男のうちの一人が、他の男たちに向かって叫んだのを聞いて、ぷつり。頭の中で何かが切れる音がした。ぎりり、と音がするほど歯を食いしばる。カッと身体が熱くなった。

「──…退け、この下衆共ォ!」

だん、とボロボロの靴で地面を踏み締めて、思わず怒鳴り散らす。下衆だなんて、今までは欠片も思ったことは無かった。天竜人を恨むのは分かる。おれだって原作を読んでいてあの傍若無人な振る舞いには辟易したものだ。でも、でも、だ。

母上が直接お前らに害を成したわけではないだろう。父上が直接お前らに害を成したわけではないだろう。ロシナンテが直接お前らに害を成したわけではないだろう。おれが、お前らに直接害を成したわけではないだろう。この手でも、他の誰の手を借りてでも、何かした訳ではないだろう。それでおれ達を虐げるのは、天竜人が人間にしてる事と変わらないだろう。

理不尽さに歯を食いしばった。ドンキホーテ・ドフラミンゴの人生というのはこんなに苦しいものだったのか。どうしてこんな目にあわなきゃいけないんだ、おれは本物じゃないのに。ドロドロとした感情が次から次に溢れて来て、止まらなくて。でも今は足を止めている場合ではない。何だったらこの向かってくる大勢の大人達、片っ端からのしてやる位の覚悟はある。

「…あ、あれ?」

そんな大層な考えて見やった先には、無傷だが気を失って倒れている男達がいた。なんだこれは、まさか何かの能力者が?いや、違う、これは。

「…覇王色、の…覇気?」

ドンキホーテ・ドフラミンゴの力だ。

そうだと分かった瞬間に弾かれたように走り出す。都合が良かった。人を傷付けずに意識を刈り取る力なんて、追われている身には最高だ。だが今はそんなことは関係ない、細かいことは後でいい。とにかく、ロシナンテを追わなければ。大声を上げて走り回るのは危険だ。誰かに見つかったらまた囲まれかねない。必死に、足がもつれても走った。どうやらまだ本調子に戻っていないようだ。事実何回か転んだ。

「…ーっ!」

ざり。砂利道を踏みしめる音が止まる。おれが足を止めて息を殺したからだ。

ロシナンテがいた。

どうやら泣いているようだ。肩を震わせて俯いている。その正面にはロシナンテと目線を合わせるようにしゃがんだ海兵。その姿にどこか見覚えがあって、思わずサングラスの下で目を細める。あの特徴的な髪型は、モブではない。きっと原作で。

「…センゴク、元帥?」

自分の口をついて出た声にそうだ、と思い至る。センゴク元帥だ。しかし今はまだその役職にはついていないはず。肩書は知らないが本人に違いない。確かロシナンテを保護して海兵に育てるのはあの人だった。

それなら、良かった。原作通りに事が運んだのなら、これからロシナンテは迫害の魔の手からは逃れられる筈だ。きっとあのセンゴク元帥が親同然にロシーを愛して、守って、立派な人間に育ててくれるから。知らずに力の入っていた肩からふ、と力が抜ける。そうして遠くから眺めたロシナンテの背中をぼんやりと眺めていると、その小さな身体が振り絞るように叫んだ。

「家族なんて…いない…!」

そう、本当に、良かった。ロシナンテのそんな叫びなんて聞こえない振りをして、おれは彼等に背中を向けた。おれの、ドフラミンゴの行くべき所はそこではないから。






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