運命に唾を吐け!
貴方と歩いていくと決めた

「海軍に潜入?」

ドフィが釣り目のサングラスの奥で目を丸くしたのが分かった。長年ドフィと過ごして来ているのだから、もう手に取るようにその表情が分かる。と言っても、内面の事はたまに何を考えているのか計り知れないこともあるのだが。

おれと同じ年とは思えないほど、ドフィは普段落ち着いている。小事を疎かにしている訳でもないのに大局を見失わない余裕はまるで未来が見えているかのようで。そのあたりはやはり王になる者たる所以なのだろう。

と、傍目から見ると、ドフィはこんな風に思われがちだ。特にドフィに心酔しているグラディウスなんかは明らかに彼を特別視して、それどころか神格化しているかもしれない。まぁドフィが神だというのは強ち当たらずも遠からず、なのだが。

「あぁ、最近はちらほら海軍に目をつけられてきているように感じるし、海軍内部からの情報があった方が良いだろう?」

「…まぁそうだな」

ふむ、と肘掛けから顎に手をやったドフィは、ソファに体重を預けるように投げ出していた長い足を組んだ。おれの考えを肯定した上でまだなにか懸念があるのだろう。暫く沈黙を守った後に、ドフィとテーブルを挟んで正面のソファに座るように示れ、というような顔をされる。迷わずにそこに腰掛ければ、ドフィは椅子に深く座り直した。

「ヴェルゴ、お前が直々に行く利点は」

おれがしっかりとソファに腰掛けたのを見越して、ドフィが言った。

「ディアマンテ、トレーボル、ピーカ、ジョーラ、バイス、ラオGはこれから海軍に入るにはさすがに怪しすぎる、コラソンは喋れないしグラディウスは既に能力者だ、ピンクは別として、ベビー5とバッファローは子供だから諜報の役割が務まるとは思えない、デリンジャーは無理だろう」

ピンクには家庭がある、というのは常々ドフィが言っていることだ。どうやら奴は海賊嫌いの妻に自分の仕事を明かしていないらしい。それどころか銀行員だなんていう嘘も付いているという。ドフィがいつの間にか、それこそ見越していたように聞き出して発覚した事なのだが、それから心なしかセニョールピンクへの気遣いが窺える。今ではドフィの電伝虫の番号はピンクの家の電伝虫に「支店長」として登録されているのだから、恐らくピンクは我らが王に頭も上がらないに違いない。

一通りファミリーの名前を上げて消去法で消していく。おれも一応いろいろと考えてはいるから、ひとりひとり適当でない理由を述べたが、ドフィはまだ考えている様子だった。

「ドフィ…?」

無表情で考え込んでいる様子のドフィが作り出す沈黙に耐え切れず、思わず呼びかける。これだ、長い間一緒にいたのにたまにドフィが何を考えているのか、全く読めない時がある。

「…そうじゃないだろう、ヴェルゴ」

「…何がだい、ドフィ」

顔を上げたドフィの顔からは、どことなく不機嫌さが伺うことができる。少し言いあぐねてから、ドフィが気持ちばかり声を荒げた。

「海軍に潜入するのも、お前に行ってもらうのも賛成だ」

「そうか、ありがとう」

「だが、これだけは忘れるな」

その言葉に引っ掛かりを覚えてドフィの顔を見れば、サングラスで半分隠れた顔がさっきよりも不機嫌になっていた。他のファミリーのメンバーがこの顔を見たら、取引が破綻したとか誰かが粗相を働いたのかとかいろいろと可能性を探るだろう。だがおれには分かる。ドフィのこの顔はただ拗ねているだけの膨れっ面のようなものだ。そのどことなく幼い印象を受ける不機嫌顔が口を開いた。

「他の誰かが行けないからじゃない、おれはお前が適役だと思ったからお前に頼むんだ」

「…あ、あぁ」

「お前はまだ若いからこれから海軍に入っても怪しまれない、それに覇気も使うことができるくらいの手練だからすぐに将校になれるはずだ、性格も生真面目だし、集団生活にも向いている、そしてこれはお前を推す最も大きな理由だが、お前はおれを裏切らない」

最後の一言に思わずドフィの顔をまじまじと見詰める。裏切らない、と言った。元々裏切るつもりもその意志も一欠けらも無かった。しかしこう、面と向かって言われることは余りなかったので新鮮な気分だ。おれから見るとドフィは誰も、何も信用せず、ファミリーがいるにも関わらず自分一人の力だけで生きているように見える。それは幼い頃の出来事に由来するのだろう。直接聞いた事は無いがであってからはずっと一緒にいたのだから間違いは無い筈だ。

誰一人として信用していないのに、ドフィはそれを当たり前のように振る舞う。だから誰も違和感を感じない。信用されていないのにファミリーの誰もが疑問や不満を抱かないには、誰もそれに気が付いていないからだ。ドフィはおれ達の事を仲間だと思っていない。そういうと聞こえは悪いが、これは正しく正解なのだ。思わず、もう表情を繕い直し終わった顔に、一言呟く。

「お前は、誰の事も信用していないのだと思っていたよ」

「誰も」

「そう、誰も、誰のことも」

ドフィは、ファミリーが傷付くのを嫌う。怪我だったり、暴言だったり様々だが、ファミリーにそれらの矛先が向くのを嫌う。ドンキホーテファミリーの掟はそこに由来するものでもあるのだ。しかし、一度ファミリーという枠の内側に入ってしまえばとことん甘い。

残念ながらその甘さは信用や仲間意識ではなく、どちらかと言えば庇護に近い。ドフィが何も信用していない、というのには語弊があったのかもしれないが、おれ達ファミリーの構成員は彼のコレクションのようなものなのだ、と思う。ドフィは少し思案するように「あー」と声を漏らして、ガシガシと整えられた髪を掻き乱した。

「そう見えていたか」

「おれ個人の解釈だ」

「…そうか」

どことなく肩を落としたドフィは、一体何を考えているのだろうか。次の言葉を待つと、思いもよらない言葉が漏れた。

「…おれにとって、ファミリーは、宝物のようなもんなんだよ」

「宝物?」

「丈夫な硝子で出来た綺麗な人形みたいなもんだ、落としゃ割れる」

「……」

ふ、と自嘲気味に笑ったドフィを見て、一つの考えに思い至る。これで相棒を名乗っていたのが少し恥ずかしいと思うところもあるが、ドフィはおれ達には計り知れないところがある。見落としていたことがいくつもあった。

もしかして、彼は、普通の人間なのではないだろうか。

計り知れない、未知数で、王の器。そんな風にドフィを塗り固めていたのはおれ達だったのかもしれない。おれ達を信用していないから守ろうとしていたのではなく、おれ達を大切に思っているからこそ守ろうとしてくれているのでは。そう考えると、今回おれがドフィの手の届く範囲から離れて海軍に潜入することを許された、ということは。

(おれを、少しは対等に見てくれているのか)

一方的に守られていた、そういう風に思われていても悪い気はしない。元々同い年のおれよりも成熟した精神を持って戦闘センスもドフィのほうが上だ。彼の庇護のもとを離れてもやっていけると思われている方が相棒として立つ瀬があるというものだ。

「おれのことは信用してくれているということで良いのかな、ドフィ」

意趣返しのようなもののつもりでそう笑う。おれが相手のサングラスの下が分かるということは、ドフィにもおれの表情は分かっている、ということだ。一瞬申し訳なさそうに視線を逸らしたドフィは、サングラス越しにおれの目を見て、言った。

「相棒なんだから、信頼してんに決まってんだろ、ヴェルゴ」

顔を見合わせた体勢で一瞬、間が開いた。どちらともなく噴き出して、その空気が崩れたところでドフィが座っていたソファの背凭れに仰け反るように体重を預けた。宝物、彼にとって守るべき宝物であるファミリーを、おれも共に守っていけたらいい。おれにはな、ドフィ。君も精巧な硝子で作られた繊細な何かのように見える。きっとファミリーの全員が彼を頼っている反面、その危うさに気が付いているはずだ。おれ達が硝子細工なら、庇護せんとしている脆い彼はガラスケースと言ったところだろうか。だから守らなくてはならない。いつまでもケースの中で黙って守られている訳にはいかないだろう。

おれは、ドンキホーテ・ドフラミンゴの相棒なんだから。






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