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07




ロシナンテからローを助けるようにと連絡があってから、おれは電話で聞いた珀鉛病についての資料を徹夜で読み漁った。そしてそれが劇的に蔓延した場所、白い街についても。

珀鉛病とは、世間一般に伝染病であるという認識が広がっているが、データをしっかり読むとそうでないことが良くわかる。親子何世代も掛けた中毒であり、咳、クシャミ、血、空気、他のどれを経たとしても感染の可能性はない。

しかし事実、白い街、フレバンスは焼き払われた。それは中毒性を隠し目先の欲ばかり追い求めフレバンスを利用した輩が責任を隠蔽しようとした結果である。ぎり、と思わず歯を食いしばった。

「…ひでぇ事、しやがる…」

ローが眠ってからずっと資料を読んで、その病の概略を知ったところで凝り固まった背筋を伸ばす。ぼりぼり、と鳴る骨や筋を伸ばして何気なく窓の外に視線をやると、どうやらもう太陽は登っているようだった。時間にして午前五時、船に乗っている海兵は起きていてもおかしくない時間だが、子供を起こすのには早い。外の音が聞こえないように能力を掛けておくか、と思った瞬間、船が違和感のある揺れ方をした。

「ちっ、エリア…ミュート」

ぱちん、指を鳴らして部屋の外から聞こえる音を消す。この部屋の中で立てられた音は聞こえるが、部屋の外で戦闘があったとしても寝ているローを起こすことはないだろう。船内の様子を見ようと静かに立ち上がると、扉の外に誰かの気配がした。汚れていない換えのコートを羽織り、足音も殺してドアを開けると、俺が起きていると思わなかったのか部下が目を見開いた。音を立てないように部屋の外に出て、扉を閉める。

「襲撃か」

「はっ、最近北の海で勢力を伸ばしてきたルーキーです、あちらから仕掛けてきたので交戦中てす」

「…そうか、ご苦労、行こう」

「はっ」

朝から元気な部下を従え、甲板に出る。調度良かった。なんの用事もなくこんな所に出向いては周りから私的に軍艦を使ったと思われてしまう。表向きはルーキーの討伐と目的を設定しておこう、と口の端を上げた。甲板に辿りついて状況を確認する。まだ相手方の船と多少の距離はあるので砲撃の応酬らしい。先ほど呼びに来た海兵に尋ねる。

「被害は」

「今の所こちらには一発も当たっていません」

「上出来だ」

ポケットから船全体のスピーカーに繋がっている電伝虫を取り出す。ローの寝ている部屋、おれの私室にも繋がってはいるが、一応出る前に接続は切っておいたから起こす心配はない。ドォンドオン、と相手方から砲弾が飛んでくる。

「おはよう海兵諸君、相手はルーキー、軍艦の一隻でも沈めて名を上げてやろうという魂胆かもしれんが」

船の中から、ヒネス少将!とおれの名を呼ぶ声が聞こえた。黒い砲弾が近づいて来る。それを視界に映しながら、おれはそのまま言葉を続けた。

「奴らの悪行に手を貸してやる筋合いはない、そうだろう?…エリア…イレイズ」

ぱちん、指を鳴らす。ちょうど俺の能力の射程圏内、エリアに入った相手方からのご挨拶は、跡形もなく掻き消えた。船全体から歓声が上がる。

「全砲門開け!砲撃用意!迎撃部隊は武器を持て!」

はっ!と揃った返事が耳に届く。ごごご、と大砲が火を吹く準備を始め、相手が攻め入ってきた場合に迎え撃つ海兵は皆刀や銃をいつでも抜けるように構えた。ルーキーの船がこちらに向かって突進してくる。

「右側に回り込め、砲撃は十分に引きつけてからだ…安心しろ、相手の弾は一つとして当たらん」

じりじりと、敵船との距離が縮まる。まだ、まだ引き付けられる。もっと、もっとだ。近くから威力の強いのをぶっ放してやる。相手からの砲撃を能力で消す。まだまだ。砲撃準備が完了したという旨が、電伝虫でおれに届く。機は熟した。おれは受信器に向けて合図を出した。

「諸君の腕を信頼している…撃て!!」

ドオン、と、いくつもの砲撃音が重なり、至近距離で敵船のどてっ腹に穴を開ける。余裕ぶっていたルーキー達が阿鼻叫喚の悲鳴を上げ、口汚く罵っているのが聞こえた。

「迎撃部隊、心の準備をしろ」

相手はやけくそになった若い連中、何をしでかすか分からん。スピーカー越しに自分の声が船に響き渡った。



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