MC:01747






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「ヒネス…お前さ、なんでそんなにおれにそっくりなんだ?」

「それなら聞くが、お前はなぜそんなに私そっくりなんだ?」

「……さぁな」

「なら私も分からん」

たまにロシナンテは、そんなことを聞いてくることがあった。何故聞いてきたのか理由は分からない。ただ両者の答えは毎回知らない、というのがお決まりだった。

人間は、生まれてくる家庭、顔、国、環境、性別なんてものは選ぶことが出来ない。選ぶことも出来ないしここにこういうふうに自分が成り立っているのかも「何故」というふうに尋ねられると答えるのは容易ではないだろう。ヒネスもロシナンナも別に「なぜ互いがここで生きているのか」といった安い哲学の答えを知りたかったわけでもないので、いつも質問に質問を返して、不明に不明を返してこの疑問をあやふやにしていた。

だが一度だけ、一度だけヒネスはその稚拙な疑問に答えをとってつけようとしてみた事があった。たまにあるいつものように「なんでおれにそっくりなのか」というロシナンテの疑問に疑問を返さず、確固たる答えのような幻想をそっと提示した。

「……私は孤児だったからな」

休憩時間に煙草の煙をくゆらせながら、ぼんやりと宙を眺めるヒネスが呟いたことに、ロシナンナは目を丸くした。ロシナンテは一身上の都合により親の顔を知らぬ孤児でセンゴクに拾われた、と書類上ではそうなっている。実際は説明すると長くなる上に身に危険が及ぶような生い立ちなのだが。しかし、自らの生い立ちに関して多くの事を語らないヒネスの口からそのような言葉が転がり落ちるなんて、ロシナンナには思いもよらないことだった。

「え?」

しかしヒネスのその意図がわからずに思わずロシナンナが聞き返す。彼の口にも煙草が咥えられているので、今は殆どぱっと見たところではどちらかどちらかは見分けがつかないだろう。そんなふうに思いながら、ヒネスは二人共孤児である、ということを踏まえて少し顔を綻ばせた。

「お前も孤児だったな、そんなところまでおれと同じだ」

ロシナンテには、兄弟がいる。それはかの有名な海賊、ドンキホーテ・ドフラミンゴという男だ。子供の頃の記憶もある。母、父、贅沢な暮らし。そして、地獄のような日々も。心優しく弱かったロシナンテ少年には兄とともに海賊の道を歩む気概はなかった。そうして形式上孤児という道を選んだという確固たる道筋がある。

「もしかしたら、生き別れた双子だか兄弟だったのかもしれんな」

だから、ヒネスと血の繋がった双子だなんてことは、ありえないのだ。ありえないが。

「…そうかも、しれないなぁ」

ロシナンテはヒネスの戯れの一言に、少しの願いを込めてそんなふうに返した。いっそ言っているうちに本当に兄弟になってしまえばいい。そうしたら。

「そうしたら、お前はドフラミンゴに銃を向けて引き金を引けたんだろう」

そう口走った、瞬間。ぐにゃり、とヒネスの視界、ロシナンテの後ろの背景が歪んだ。休憩室がコーヒーにミルクを混ぜたようなマーブル模様状にはっきりとしないものになる。あぁ、これは夢なのだな。漠然とそこで理解した。

だって、ロシナンテはもう、いないのだ。

「お前が引き金を引けたら、あるいは…」

そこまで口走ってやめた。夢の中の親友は、いつものように明るく笑っているからだ。もう二度と見ることのできない、底抜けに明るい笑みで。否、やめたのではない、戦慄いた唇がそれ以上の言葉を紡ぐのを拒否したのだ。

「…ヒネス?」

伺うように名前を呼ばれて、思わずヒネスは肩を震わせた。誰よりも優しいこの男を誰よりも知っている筈なのに、そんなことを思った自分に責任転嫁も甚だしい、と歯噛みする。

「……っ、違う、お前が打てたはずがないんだ、悪いのはおれだ、おれがあと少し早ければ…」

嘘つき、少年に吐き出すように言われた言葉がリフレインする。本当にそうだ、と自分でも思った。

「ヒネス」

「本当に、口だけの男なんだ、お前を助けられなかった、助けると言ったのに」

「ヒネス」

「ごめん、本当に」

ごめんな、ロシナンテ。そう言って、ヒネスはロシナンテの軍服に追い縋って俯いてから気が付いた。いつの間にか床に落ちたはずの煙草はなくなっていた。都合のいい夢だな、とそう思った。





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