MC:01747






09




ドアが開く音を消して部屋の中に入れば、ローは既に目を覚ましていたらしく、上体を起こしていた。起こしてしまうというのは杞憂だったか、と能力を解除すると、ローもこちらに気がついたのか目が合った。昨日とは違いはっきりとした目付きで、しかもこちらを油断無く見つめてくるのできっとおれをちゃんとヒネスだと認識しているのだろう。少し安心して、声を掛けた。

「おはよう、起きていたのか」

「あれだけ揺れればな」

「まあそう言うな、あれでもさっさと片付いた方だ」

あっそ、なんて適当に返事をするローに少し苦笑して、食堂から運んできた皿を二つテーブルに乗せる。特別にコックに作ってもらったおにぎりだ。具は定番の鮭と梅とおかか、塩むすびが並んでいる。食えるか、とローに聞こうとして、じっと見つめられていたのに気が付いた。なにか言いたげなその様子に、言葉を待って口を噤んだ。

「…お前、昨日…」

「?、どうした?」

「…なんでもない」

「そうか」

昨日、と聞かれて一瞬鮭粥を食べさせた事を思い出したが、ローが口を閉じてしまった。あれはお前か、と尋ねたかったのだろうが、ローの中であれはロシナンテだったのではないかという願望がそれを止めたのかもしれない。そうか、と少し思案して、その話題を掘り下げるべく口を開いた。

「そういえばロー、お前昨日自分で飯を作って食ったのか?」

「昨日?…そんなわけないだろ」

「私が朝目を覚ましたら流し台にスープ皿と鍋が置いてあったのでな、そうか…他の海兵でも来たか?勝手に入るなと言ってあった筈だが…」

うーん、と、おれにしては芝居掛かった仕草で顎を触る。でも表情は大して変えていないので演技だとはわからないだろう。ちらり、と横目でローを見ると、口を真一文字に引き結び潤んだ目でおにぎりを睨み付けていた。

「…まあいいか、薬も自分で飲んだんだろう?偉かったな」

ぽん、とローの帽子の上に手を置くと、大きなそれがずれて目元を隠した。少し開いた口から歯が覗いてぎゅ、と唇を噛み締める。帽子の鍔の、恐らく目があるだろうあたりからつ、と一筋水滴が垂れて、誤魔化すように少年の手が一番近いおにぎりに伸びた。おれはくすり、と笑って帽子を撫でると、水を取りに席を立った。

これで良かったのかもしれない。確かにロシナンテはあの子を愛していたのだから。おれはロシナンテにはなれないが、少しくらいあいつがローを救おうとした手助けをしよう、そう決意した。このまま海軍本部までこの子供を運べばきっと養護施設先へ斡旋してもらえるだろう。それまで、短い間だがおれとロシナンテを重ねてもいいし、親しみやすい大人だと気を許してもらってもいい。生意気だと思ったが、なるほどどうして素直ないい子のようだし。そう頷いてローの方を見れば、がつがつとおにぎりに齧り付いてやっと中身が入っている場所まで到達していた。

「すっっっぱ!!」

素直ないい子は、どうやら梅干しおにぎりがあまり好きではなかったようだ。水をコップに注ぎながら思わず笑い声を上げてしまって潤んだ目で睨まれた。目つきが悪いのが難点かもしれない。





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