企画


ぱたぱたと足音を立てて駆け寄ってくる犬のような男。水色の髪を揺らしてクロコダイルに手を振るのは、恐らくこの国一番の馬鹿者だった。そして、馬鹿というのは大抵声が大きい。

「やぁやぁ!クロコダイル殿!」

王族にしては質素な格好をしている、といつも思う。自分は表に立つ度量のない人間だと早々に王位継承権を放棄したこの国の嫡男は、確かにビビ王女よりおつむが弱いように思えた。此れの双子の姉である彼女は、見せ掛けの英雄の悪行に勘付いて行動を起こしているというのに、この男は当のクロコダイルにお熱なのだから。

「おや…ようこそ、殿下」

煩わしさを隠さずにそう言い捨てたクロコダイルに、青年は特段気分を害した様子はなかった。襲い来る海賊から幾度と無く国を守った英雄であるからこそ多少の不遜は許されているのだろうが、この王子は少々その度合いが可笑しい。むしろへらりと笑って、抱えていた白い花束を差し出して来る。花束、と言うには頼りない三本足らずのそれらを、きらきらとした目でこちらに押し付けようとする餓鬼の、なんと愚かしいことか。

「これを君に!珍しい花だったので持ってきてしまった!」

なんの事はない。外海ではありふれたただの白薔薇である。彼にとってそれが珍品なのは分かったが、何故男に花束など。王族の末席と言えど仮にも王子であるというのに、アラバスタから出た事もない世間知らず。いっそ憐れになると嘲笑しつつ、クロコダイルはその珍しい花を恭しく受け取った。

「それはそれは、お礼を差し上げねばなァ」

言いながら、クロコダイルの手の中でみるみる花が死んでいく。茎から葉、葉から花。水分を奪われた薔薇は、最後に苦しげに身を捩った。可哀想に、愚かな王子から砂漠の英雄に献上されなければもう少し長く美しくいられたものを。すっかり瑞々しさを失った頃、ばさ、と王子の胸に押し付けられた花束は、辛うじて花の形を保っていた。

「では、失礼」

「あっ、えっ、これ」

クロコダイル殿、と熱に浮かされたような声が引き留める。足を止めずちらり、と青年の顔を振り返ると、両頬が今にも破裂しそうな程赤く染まっていた。彼の身体の水分も多少奪ってしまったかと思案するが、どうでもいい事柄はクロコダイルの頭の片隅からすぐに追い出された。

自室に戻ると、ミス・オールサンデーが書類を揃えていた。不自然に閉じていた片目を開いた女は、怜悧な顔立ちにふと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「案外ロマンチストなのね」

「あれが馬鹿なだけだ」

能力を使ってクロコダイルとうつけ者の寒々しいやり取りを盗み見ていたのだろう。そう見越して吐き捨てたクロコダイルに、彼女、ニコ・ロビンは僅かに首を傾げる。

「貴方のことよ、サー」

「何の話だ?」

ロマンチスト、と揶揄されるようなことをした覚えはない。したことと言えば、相手からのプレゼントを駄目にしてそのまま突っ返してやったくらいだ。一つ一つ思い返すクロコダイルに、彼のビジネスパートナーは心底愉快そうに笑った。

「あら、知らずに渡したの?枯れた白い薔薇の花言葉」

海賊が花言葉などを嗜んでいる筈がないだろう、王子でもあるまいし。「意地悪ばかりするからよ」と含み笑う女があまりに上機嫌なので、クロコダイルは、何やらろくでもない事が起こりそうな気配を察知した。あの馬鹿な餓鬼の、熱の篭った眼差しが頭から離れない。





- ナノ -